「小説トリッパー」編集長・池谷真吾が語る、文芸誌の領域 「境界線はなくなり〈すべて〉が小説になった」

「トリッパー」編集長が語る、文芸誌の領域

誌面での「批評」その希望と課題

――誌面において批評というものは、どのように位置づけていますか。

池谷:批評の有無が、文芸誌と小説誌の違いだと思います。言い方がすごく難しいんですが、「小説トリッパー」はエンタテインメントも批評も両方やろう、その両極のなかで目次を作っていきたいと考えています。小説には批評性のあるエンタテインメントもあれば、物語性の高い批評的な作品もある。1つの作品に両方を共存させることはできる。イメージしづらいかもしれませんが、雑誌として、そういうことができないだろうかと。あと、私が入る以前の「野性時代」には、雑誌の立ち位置として、そういう批判力があったのではないかと思います。

 文芸評論ということでいえば、小説はストーリーだけで読むものではないし、感情移入や共感だけで読むものでもありませんが、でも、あらすじの紹介の仕方に批評性が宿ることもあります。私がこれまで読んできた、あるいは読みたい批評というのは、その書き手の「読み」によって対象としたテキストが別の色彩を帯びたり、その「読み」を通して世界を見る目が変わるというもので、そういう資質を持った新しい書き手にもっと出てきてほしいですね。その一方で、批評の中に含まれる批判力みたいなもの、批判的な「読み」を誌面化するのが難しくなっているのも事実で、その点をどのように克服していくかは、これからの課題とさせてください。

――男性中心の批評のホモソーシャル性がとかく批判されますが、書評コーナーでは倉本さおり、江南亜美子、鴻巣友季子の各氏がレギュラーですし、男女比は考慮されていますね。一方、最近の文芸誌のリニューアルには特集主義がみられますが、「小説トリッパー」では特集が毎号あるわけではない。

池谷:鴻巣さん、江南さん、倉本さんの書評連載については、性別で選んだわけではなくて、良い読み手に依頼した結果で、男女比を考えたわけでもありません。「文藝」リニューアルの成功をみると、フェミニズムやシスターフッドの特集など、従来の男性中心的な状況や考え方に対する批判力は強力で、それを求める読者が潜在的にいたということがわかりました。そこにいる読者が可視化されたのは、誌面で「批評」を考えるうえで、とても良いヒントをもらったように思います。もし特集をするとしたら、今後はかなりインパクトのあるテーマをもってこないと、「文藝」と肩を並べるのは難しいでしょうね。

――20周年記念号では20人が短編を競作し、アンソロジー『20の短編小説』として刊行。今年夏季号の創刊25周年記念号でも純文学とエンタテインメント双方の作家25人が競作し、『25の短編小説』として文庫になりました。一方、批評に関しては、2020年秋号から藤井義允氏の連載「擬人化する人間 脱人間主義的文学プログラム」が始まりました。

宇野常寛『ゼロ年代の想像力』(早川書房)
『ゼロ年代の想像力』

池谷:宇野常寛さんの『ゼロ年代の想像力』が出版されてから、もう10年が経ちます。宇野さんの著書は文芸作品を排したものでしたが、その後、小説でもカルチャーでも、状況全般を対象として論じた書き手は、若い世代からそれほど出てきていません。藤井義允さんの連載は、2010年代の小説群を読み解く評論として楽しみにしていますが、中村文則さんを特集したときに書かれた作家論がよかった。藤井さんは1991年生まれですが、批評の書き手として温度が低いというか、かつて加藤典洋さんがカフカの言葉をもじって「君と世界の戦いでは世界に支援せよ」と題して、島田雅彦さんのデビュー作を論じましたが、藤井さんの場合、「君」と「世界」が戦いもしない、そういう世界感受の仕方があるのではないかと予感させるものがある。彼の感度で作品を選び、精密に読んでいくとどのような世界が見えるのか期待しています。

 記念号については、20周年は「20」という数字をテーマにしましたが、25周年については、もともとオリンピックが開催されることを前提に、時代の空気が画一的になるというか、オリンピックに向けて一丸になっていくであろう雰囲気に対する違和感から、そういう流れとは離れた、ささやかなことを執筆いただきたいと依頼したところにコロナがやってきた。期せずして、コロナウィルスの感染拡大のなかで多くの短編が書かれることになり、あの状況下を伝えるものになったという感じです。

今村夏子『むらさきのスカートの女』(朝日新聞出版)
『むらさきのスカートの女』

――池谷さんは、現代文学を特集した「文藝」2017年秋号の「38人による「来たるべき作家たち2020」」という企画への寄稿で今村夏子、古谷田奈月の両氏の名をあげていました。今村氏の『むらさきのスカートの女』は、「小説トリッパー」から初の芥川賞受賞となりました。

池谷:今村さんは『星の子』でも候補になりましたが(同作で野間文芸新人賞を受賞)、芥川賞の受賞については、担当編集の四本が粘り強くやりとりを続けて、今村さんの中では構えの大きな作品を続けていただけた結果だと思います。エンタテインメントと純文学の両方を載せる雑誌として、いずれ芥川賞、直木賞の受賞作を送り出したいと考えていましたし、各誌とも菊池寛の発明したゲームのなかで作品を掲載しているわけですから、雑誌としては一回限りで終わらせることなく、直木賞も含めて受賞作も送り出したいですね。古谷田さんは『神前酔狂宴』のあと、早く次回作を読みたい。それに尽きます。

編集者としての池谷真吾

――「文藝」の寄稿では、池谷さんが担当した作品の名もあげられていました。それらをふり返ってください。「池谷真吾」という名の人物も登場する阿部和重『シンセミア』から。

池谷:『シンセミア』は33歳の時ですが、こんな自分語りをつづけて大丈夫なんでしょうか。阿部さんは、それ以前に「J文学」というムーブメントと、カバーデザインでも話題になった『インディヴィジュアル・プロジェクション』で、すでにスパイ小説的なガジェットを織り交ぜながら、純文学の中にエンタテインメントの要素を取り込んだ都市小説を発表しています。『シンセミア』は初めての長編連載で、大江健三郎やガルシア・マルケスのように出身地の磁場を神話的に描くサーガの形式を取り入れながら、三部作の第一部として「神町」という空間的な広がりを投入しつつ、ジェイムズ・エルロイのノワール(犯罪小説)に出てくるような登場人物ばかりを配した作品世界を立ち上げたわけです。阿部さんのなかには、より複雑な企みがあると思いますが、作品の外観としてはそういうふうに理解しています。阿部さんはいずれ芥川賞を受賞すると期待されていた作家ですが、新人賞という位置づけの芥川賞を受賞する前に、この作品で伊藤整文学賞と毎日出版文化賞を受賞しています。キャリアと評価にねじれを生じさせてしまうほどの傑作だと思いますが、編集者としては担当した作品が文学賞を受賞するのも初めてだったので、格別の喜びがありました。自分を「文芸編集者」にしてくれた作品だと思っています。

吉田修一『悪人』
『悪人』

――「小説トリッパー」掲載以外でも吉田修一『悪人』など著名な作品を担当しましたね。

池谷:吉田さんは『パレード』『東京湾景』『パークライフ』といった、初期の代表作となる都市小説群とは違う、もう少し構えの大きなものを書きたいという意欲を持っていました。イメージとしては、殺人事件の実行犯を取材したカポーティの『冷血』のようなものでしたが、犯罪者を取材するのはリスクを伴いますし、吉田さんもそのことが主眼ではありませんでしたから、しばらく試行錯誤するなかでいまのかたちに収斂していきました。そもそも「小説トリッパー」で依頼していたものでしたが、題材が絞られてきたことで「週刊朝日」に連載を持ちかけたのと同じタイミングで新聞からも連載の依頼があった。吉田さんとしては同じ会社からの依頼ですから、もっとも反響が多いだろう新聞を選ばれたという経緯もありました。私としては、どこで連載されても書籍の担当としては同じですから、良いところに落ち着いたと思う一方で、作品にとっても、新聞連載という形式が合っていたように思います。

――現実の事件が報じられる媒体で犯罪小説を連載したわけですね。

池谷:媒体の特性を活かすという意味では、このあとの毎日新聞の連載『横道世之介』で、作中の時間と連載の時間を重ねていて、新聞連載という形式と内容の一致という意味では、そちらのほうが成功しているように見えます。『悪人』については、5章構成で各章を50回と決めて全250回で書くという、ボリュームと構成を決めてから書くというスタイルが確立されて、この書法は『平成猿蟹合戦図』でも、10年後の『国宝』でも貫かれていますが、新聞連載という形式が、『悪人』という作品の質を決定したことは間違いなくて、吉田さんの執筆スタイルが、ここで確立されたように思います。

 阿部さんが『インディヴィジュアル・プロジェクション』から『シンセミア』に移行したように、吉田さんも初期の都市小説から、出身地である九州北部の空間的な広がりのなかで物語を展開させることで『悪人』という大きな作品を書かれたわけですが、さらに吉田さんが『国宝』で時間軸を投入して物語の奥行きを深めたように、阿部さんもまた『ピストルズ』『オーガ(二)ズム』で現実とフィクションの相互侵犯を深化させている。作家はみな新しい小説を書くにあたってさまざまな方法を試みますが、2人の小説をエンタテインメントとの関わりから読んでいくと、また違う景色が見えてくるような気がしています。

松岡理英子『犬身』
『犬身』

――松浦理英子『犬身』も担当されましたね。近年、ジェンダーをテーマにした女性作家の作品が増えましたが、先駆者的な作家です。

池谷:2010年代に入ってからは、自分の仕事を思い返しても、井上荒野さん(『あちらにいる鬼』)、江國香織さん(『ヤモリ、カエル、シジミチョウ』)、恩田陸さん(『EPITAPH東京』)、角田光代さん(『坂の途中の家』)、桐野夏生さん(『路上のX』)との仕事が印象に残っています。

 松浦さんについては、編集者になった年に刊行された『親指Pの修業時代』を読んで衝撃を受けて以来(同作は女性の右足の親指が突然ペニスになったことから物語が始まる)、いつかお仕事でご一緒したいと願いつづけてきた作家でした。「月刊カドカワ」で人生相談の連載をされていましたが、担当は別の編集者でした。その後、中上健次の命日に紀州で毎年開催されていた熊野大学の特別講師として、松浦さんと島田さんが招かれることになり、そこで初めて面識を得ることができましたが、『犬身』を担当するのは、そこからさらに10年後です。朝日新聞社に籍を移してから正式に担当となったところで巡り合わせがありまして、出版社数社とソニー、凸版印刷で設立したパブリッシングリンクに朝日も出資することになりまして、ちょうど角川書店時代に松浦さんの担当をしていた同僚がソニーに転職、この事業の担当になったという縁もあって、そのウェブマガジンで『犬身』の連載が決まりました。

角田光代『坂の途中の家』
『坂の途中の家』

 角田光代さんの『坂の途中の家』は「週刊朝日」連載です。吉田さんの『悪人』が朝日の夕刊、角田さんの『八日目の蝉』が読売の夕刊と、同じ時期に新聞連載が始まって、単行本の刊行も同時期だったこともあって、単行本の刊行直後に角田さんの呼びかけから3人で食事をすることになりました。四谷にある開高健常連の中華料理屋で、2つの作品について話し込んでいくなかで、松本清張や水上勉の話になったときに角田さんが強く関心を示されていた。それ以来、角田さんには『八日目の蝉』に次ぐ、事件を題材にした小説を執筆いただけないかという依頼をしつづけて、それが実ったかたちです。でも角田さんの関心は、さらにその先にありました。家庭内におけるジェンダーギャップや夫から妻への無意識の暴力といった問題です。『坂の途中の家』はWOWOWでドラマ化されたんですが、その海賊版が中国で広まり、「結婚への幻想を打ち砕くドラマ」としてかなり話題になりました。そこから正式に中国での翻訳が決まり、オリジナルドラマの企画も進行しているそうですが、こうした受容のされ方をみていると、作家が本当に遠く先をみて小説を書いているということを実感しますね。

――担当してきた作品をふり返ると、やはりエンタテインメントと純文学の境界線が多い。

池谷:ずっと同じことを繰り返しているような気がします。「野性時代」に入ったばかりのころ、編集長から「担当したい作家の本を持ってきて」といわれ、持参したのが多和田葉子さんの『犬婿入り』でした。編集長からは「もちろん、いい小説だけど、うちの媒体では難しいな」という一言が、あとの編集人生を決めたかもしれません。

――エンタテインメントと純文学の間の壁ですね。

池谷:うーん、壁なのかもしれませんが、私が編集者になったころから、壁は崩れつつあったというか、双方の領域が相互侵犯するようになったというか、あらゆる小説が読者にとっては等価になったという面もあるのではないかと。あと、角川書店も朝日新聞社も、文芸雑誌が1誌しかなかったことが私の中では大きかったはずで、どの雑誌もいまはそんなことはないと思いますが、もし文芸雑誌が2誌ある出版社にいたら、その雑誌の方針だったり、社内的な役割だったり、担当作家の棲み分けといった外在的な要因によって、2つのジャンルを厳密に分ける考え方をしていたかもしれないです。

 さかのぼると1993から95年にかけての変化は、かなり大きかったんだと思うんですね。最後まで私語りのようで恐縮ですけれども、1993年に松浦理英子さんの『親指Pの修業時代』が発表され、1994年には阿部和重さん、そして川上弘美さんが「神様」でパスカル短篇文学新人賞を受賞してデビューしています。実は、このあたりで現代小説が完成するというか、それ以前の近代小説が終わりを迎えて、文学史的には亀裂が入ったのではないかと。1970年代後半に龍と春樹のW村上がデビューして、近代小説から現代小説へ移行が開始されたとすれば、歴史の年譜で縄文時代と弥生時代を分割する線が斜めに入っていたように、変化の完了が示されたのが1994年、1995年あたりだと考えています。同じ年には本格ミステリというジャンルで、その外にいた京極夏彦さんもデビューしていますから、そういう領域侵犯的な書き手は増えていった。ある種の制約から自由になるというか、そういう変化の節目が、このあたりにあったように思います。ジャンルの垣根がなくなって、すべてが小説になったと言えるかもしれません。

――では、今、来たるべき作家をあげるとしたら誰ですか。

池谷:そこから4半世紀経っていますから、新しいかたちで領域侵犯する書き手に現れてほしいですね。すべてが小説になったいま、小説と小説以外ということになるんでしょうか。分かりません。最後に宣伝めいたことを言えば、「小説トリッパー」創刊20周年でリニューアルしたタイミングで、北九州市が主催する公募の新人賞林芙美子文学賞を引きつぎましたから、ここから来たるべき新人作家を送り出したいとも思います。第2回受賞者の高山羽根子さんが芥川賞を受賞されたばかりですから、高山さんには今後も期待したいです。もし来るべき作家として挙げるとすれば、すでに「来ている」書き手ではありますが、小川哲さん、櫻木みわさんでしょうか。前回の塩澤さんのインタビューに影響を受けたわけではありませんが、みなSF出身の書き手になりました。

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