セガは任天堂からいかにして「クリスマス」を奪った? 「PlayStation」誕生のサブストーリーも読ませる『セガvs任天堂』
90年代のアメリカのゲーム市場は商習慣も確立していない未開の開拓地に他ならず、そこにはライバル企業と手を取り合ってお行儀よく市場を成長させましょうという考えは微塵もない。業界トップになれば市場の総取りという弱肉強食の世界であり、弱小のセガは任天堂に対して野心をむき出しにして真っ向から戦いを挑んでいったのである。このなんと痛快なことか。
堅物で支配的な帝国として映る任天堂にチャレンジ精神とアイデアで戦いを挑む弱小セガという物語には心踊るものがあるが、しかし本書はそれだけでない。取引先との商談では罵り合いや皮肉の応酬が飛び交うがビジネスとしての着地点がお互いにプラスであれば交渉がまとまるアメリカと、(ワンマン経営の両社というのもあり)忠誠と礼儀を重んじ、複雑な社内政治といった日本企業の体質などアメリカの支社という両社の立場故の日米の対比が色濃く描かれている。
中でもヒットしたテレビゲームのほとんど日本産であった当時、「良質のゲームは日本人でしか生み出せない」という日本メーカーの言葉は自負といえば聞こえが良いが、今となっては驕りとも取れる考えが当時の日本のゲーム産業から垣間見えるのは面白い。
また本書にはセガと任天堂の二大勢力となったゲーム市場に第三の勢力が登場する。ソニーである。 CD-ROMシステムで任天堂と提携が本決まりだったものの土壇場で任天堂が白紙撤回するという屈辱を味わったソニー。ゲーム市場撤退を示唆するソニー取締役会守旧派を前にして、「あの仕打ちに黙って食い下がるのか」と食ってかかりソニー独自のゲーム機「PlayStation」構想を取締役会にぶつけるのが後のソニー・コンピュータエンタテインメント (SCE) 社長となる久夛良木健。
セガと任天堂の戦いの中での「PlayStation」のサブストーリーは、現在のゲーム機市場を知るものにとってはゲーム『メタルギアソリッド3』で若き日のリボルバーオセロット(『メタルギアソリッド』の敵)が登場した時のような感慨が沸き起こる。
結局セガは巨大化するゲーム市場と合わせて膨らむ予算や高度化していくゲームテクノロジーに自重で押しつぶされていく(2001年『ドリームキャスト』を最後にゲーム機メーカーから撤退する)。
挑戦者から業界のトップに立ったことにより逆に追われる立場となったセガは皮肉にもかつて自身が任天堂にした攻撃的なマーケティングをソニーから受けることになる。また米連邦議会からは暴力的ゲームを憂慮する警告のターゲットにされ(ゲーム業界のレイティング団体の立ち上げの中心はカリンスキー)、アメリカと日本の相反する特性をもつゲーム市場のなかで日本企業のアメリカ支社という立場上、限られた権限によって苦渋の中で商機を逸してしまうなど、成功の先の坂道は常に険しく急であることを思い知らされる。
最後は一抹の寂しさが漂う本書だが、1990年代のジェネシス(メガドライブ)vsスーパーニンテンドー(スーパーファミコン)という北米での16ビット機の戦いにおいて55%というシェアを奪ったセガの活躍を描いた本書はゲーム史における事件として、またビジネスマーケティングの書としても示唆に富む一級のノンフィクションである。
■書籍情報
『セガvs任天堂 ゲームの未来を変えた覇権戦争』
著者:ブレイク J ハリ
翻訳:仲達志
出版社:早川書房
本書は11月下旬に配信サービス「U-NEXT」でドキュメンタリー映画『セガvs任天堂 Console Wars』として独占配信予定。