『ドラゴンクエスト ダイの大冒険』が決定づけた「勇者」の定義とは? ダイとポップの関係性を考察

『ダイの大冒険』が決定づけた勇者の定義

 「勇者」という単語から、大多数の日本人は剣と魔法のファンタジーの世界で魔王に立ち向かう者、というイメージを思い浮かべるだろう。

 勇者には、「英雄」とも「正義の味方」とも異なる感覚を我々日本人は感じている。この独特の感覚を生み出したのは、1986年に第一作が発売されたゲーム「ドラゴンクエスト(ドラクエ)」シリーズではないだろうか。「ドラクエ」は昔から存在していたこの単語の意味を塗り替えたと言っても過言ではないだろう。そして、そのイメージはライトノベルや漫画、アニメ作品にも今も強い影響を与えている。

 『ドラゴンクエスト ダイの大冒険(ダイ大)』は、そんな「ドラクエ」を漫画化した作品だ。1989年に読み切りで始まったこの漫画はジャンプ黄金時代を支えたタイトルの1つであり、名作ゲームの世界観を、漫画作品としてのオリジナリティを失うことなく表現してみせた作品として名高い。主人公ダイと相棒ポップを始めとした魅力的な仲間たちとの大冒険、立ちはだかるバラエティ豊かな悪役の数々、血湧き肉躍る物語展開で今なおファンの多い作品である。

 本作は、「ドラクエ」が生み出した概念、「勇者」とは何かを掘り下げた。単なるヒーローとは違うのか、そして、その言葉の元となった「勇気」とは何なのかも合わせて考察を巡らせている。

勇者とは周りに勇気を与えるもの

 本作の主人公ダイは、怪物だらけの孤島に暮らす、勇者に憧れる少年だ。そんなダイが「勇者の家庭教師」を名乗るアバンに師事し、勇者になるための特訓に励むところから物語は始まる。このアバンという男は、かつて魔王を倒した本物の勇者なのだが、復活した魔王ハドラーに物語序盤で倒されてしまい、ダイの特訓は半端なものに終わってしまう。ダイは世界を救うためとアバンの仇を討つために、兄弟子にあたる魔法使いポップとともに冒険の旅に出る。

 勇者になるための特訓が中途半端に終了してしまったため、ダイは冒険に出た時点では、自分を本物の勇者であると思えずにいる。そして、多くの敵と戦い、仲間に支えられながら成長していくことで勇者としての自覚を備えていくという物語に構造になっている。その成長過程は、まるでかつてプレイしたRPGゲームをなぞっているようでもあり、友情・努力・勝利のジャンプの原則に沿った王道展開と言えるだろう。

 ダイは常に勇敢な存在だ。格上の相手であっても物怖じせず勝負を挑み、危機に陥っている人々を救うために身体を張れる。小さな身体に大きな勇気を備えた典型的な主人公であり、正義の味方と言っていい。

 そんなダイが憧れる勇者という職業はどんなものだろうか。「ドラクエ」シリーズをプレイしたことのある人ならわかるだろうが、勇者は基本的に万能型のキャラクターだ。呪文も使えて近接戦闘もこなせる。しかし、ゲームにおいて必ずしも最強キャラというわけでもなく、レベルが低いうちは器用貧乏的なところがある。(ドラクエIIの勇者は魔法を使えない戦士タイプだったが)

 本作では、「ドラクエ」シリーズにおける勇者のその特徴を端的に表すセリフがある。後にポップに魔法の稽古をつけ、大きな影響を与えることになる大魔導士マトリフのセリフだ。

「勇者はなんでもできる。だが力だったら戦士の方が上だ 魔法だって魔法使いにゃかなわねぇ。なんでもできる反面、なんにもできないのが勇者って人種さ」(76話より)

 では、勇者の武器は何かとダイに問われたマトリフは明快に答える。

「決まってんだろ、勇者の武器は"勇気"だよ」

 その言葉どおりにダイは、勇気を武器にどんな敵にも立ち向かい続ける。そして、ダイなりに勇者とは何なのかの答えを得ていく。その答えは、もう一人の勇者での出会いで読者に明確にされる。

 物語の後半、北の勇者を名乗るノヴァというキャラクターが登場する。ダイに対して対抗心を燃やす彼は、単独行動を好みまわりを信頼せず戦う傾向がある。そんな彼の行動は周囲を勇気づけることはできず、結局はダイと仲間たちに助けられることになる。

 ダイは、勇者は一人じゃなくていいとノヴァに語る。多少力が劣っても「それで救われている人がいるなら!! 俺も勇者でノヴァも勇者だ!!(269話)」とダイは言う。その言葉を聞いたノヴァはダイに勇気をもらったと感じる。

 そして、ノヴァは真の勇者とは「みんなに勇気を湧きおこさせてくれる者なんだ(269話)」と悟る。その彼の行動が最終決戦のある場面の趨勢を決めることになる。

 ただ強いだけではない、弱い人を救うだけでもない。勇者とは周りに勇気を与える者のことを言うと本作は定義付けた。本作は、ヒーローとも正義の味方とも異なる「勇者」という概念にこのように明確な形を与えているのだ。

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