「トンカツをいつでも食えるくらいになりなよ」 『美味しんぼ』読者の心を打った“神回”4選

『美味しんぼ』読者の心を打った“神回”4選

 料理漫画の草分け的存在、『美味しんぼ』。物語の中心は山岡士郎と海原雄山の対立、そして「究極対至高」の対決だが、それ以外の話も充実している。

 なかでも心温まる人情話や、感動のストーリーは、作品のファン以外にも周知されているようだ。そこで今回はそんな感動的な話を検証しよう。

トンカツ慕情(11巻)

『美味しんぼ(11)』

 東西新聞社で、読者から寄せられた食べ物に関する質問に答える企画がスタート。そこで取り上げられたのが、アメリカでスーパーマーケットチェーン店のオーナーになった里井だった。30年ぶりに帰国し、昔食べたトンカツを求めて食べ歩いていたが、どれも味が違っていて、失望しているのだという。

 「30年前どんなトンカツを食べられたのです?」と聞く山岡。すると里井は、30年前、仕事の給料を受け取り歩いていると、男数人に取り囲まれ、金を奪われてしまった過去を話し始める。

 倒れていたところを助けてくれたのが、1人の男性。それは「トンカツ大王」という店の主人で、中橋という人物。彼は里井を店に連れていくと、トンカツ定食を振る舞う。「お金がない」と戸惑う里井に「そんなションボリした顔していると、生涯貧乏神にとりつかれるぞ。トンカツを食えば元気になる。食べとくれよ」と励ました。

 振る舞われたトンカツを里井は絶賛。そんな彼に主人の妻は「勉強して偉くなってちょうだいよ」と声をかける。しかし主人は「人間そんなに偉くなることはねえ。ちょうどいいってものがあらあ」「いいかい学生さん、トンカツをな、トンカツをいつでも食えるくらいになりなよ。それが、人間偉過ぎもしない貧乏過ぎもしない、ちょうどいいくらいってとこなんだ」と勇気づけたのだった。

 トンカツの思い出を胸に秘めた里井はこの後アメリカに渡り、大成功を収める。里井は「トンカツも食べたいけど、中橋夫妻に会いたい」と思いを馳せる。触発された山岡は東西新聞社のネットワークを使い、トンカツ大王を経営していた中橋夫妻が千葉県の老人ホームに入居していることをキャッチした。

 タクシーに乗せ話を聞くと、中橋は出店していた横丁のビル化に乗じて信頼していた人間に騙され、経営していた店を奪われてしまったと嘆く。そして「料理の腕には自信を持っているが、資金がない」と肩を落とす。そんな話をしながらタクシーは目的地に到着し、里井と対面。里井は涙を流して再開を喜び、「味が忘れられない」と、用意した店でトンカツを作ってもらうよう頼んだ。

 中橋は豚肉の質が低くなったことや、必要な材料が手に入らなくなったこともトンカツ屋を辞めた原因だと躊躇するが、そこは山岡が最上の肉と脂身を用意。トンカツを作ることにする。

 30年ぶりに中橋のトンカツを味わった里井は、「これだよ。30年間夢にまで見たトンカツの味だ」と絶賛。中橋も「今日からでも現役復帰出来るぜ」と胸を張る。すると里井は「この店は大丈夫だね」と言って、外に出て看板を見るよう促した。

 そこにはかつて中橋が経営していた「トンカツ大王」と書かれていた。里井が中橋夫妻のために店を作らせていたのだ。夫妻は「やってみるか」と店を始めることを決意するのだった。

 この「トンカツ慕情」は『美味しんぼ』のなかでもかなり評価が高い作品。里井や中橋夫妻がその後どうしているのかなどは一切語られていないが、読者に強いインパクトと感動を与え、「史上ナンバーワン」と話す人も多い。また、日本テレビのアニメでも放送され、ファンを増やした。

食べない理由(9巻)

 栄商グループ板山社長に呼び出された山岡と栗田。板山は、東京のデパートを経営する社長を集めた食事会で、東起デパートの稲森社長がいつも料理に難癖をつけ食べないのだと明かされる。そして、次回の親睦会に出席し、稲森社長の評論が妥当なのかどうか、確かめてほしいと依頼された。

 山岡は稲森社長の人間性を知るため、家を訪問。そこで、病弱な社長の妻と出会う。真摯な対応と妻の身体を気遣う稲森社長に、山岡は「食通ぶって嫌味なことをするとは思えない」と困惑する。そんな稲森社長だが、次に開かれた懇親会でも、フランス料理人マックスが作った料理を食べずにこき下ろした。

 その態度に「鼻持ちならない食通」と憤った山岡は、稲森社長に「食べさせる」料理を考えることに。すると程なくして、「食べない理由」が発覚。理由を知った山岡は「それならなおさら食べさせなければならない」と意気込み、稲森社長が嫌いと発言した中華料理で「勝負」を挑むことにする。

 板山社長から大王飯店に招かれた稲森社長は「中華料理は嫌い」と嫌悪感を示す。案の定出された料理をこき下ろし、場の雰囲気が悪くなる。そんな稲森社長に山岡が出した特別料理は一見ただのスープに見える佛跳牆(ファッチューチョン)だった。

 「なんだこの料理は」「ただのスープじゃないか」と参加者が憤るなか、稲森社長は「これはただのスープではない」と香りを絶賛し、思わずスープを口に運ぶ。そして栗田が稲盛社長の妻から「私が身体を壊してから、主人は私の身体が治るまで外で美味しいものを食べることを断つと誓って。だから外で美味しいものが出ても食べずに帰ってきて、家で食事をするんです」と聞いたことを話し、「食べない理由」が明かされる。

 意外な理由に、これまでの態度に憤りを持っていた社長たちは納得。稲森社長は「照れくさくて妻のためとは言えなかった」と謝罪する。そして、「佛跳牆をうっかり飲み干してしまったことを内緒にしてほしい」と頼むのだった。

 稲森社長が食通を気取り、料理に極めて厳しいコメントをする様子と、その裏に隠された優しさ。そしてそんな稲森社長が思わず飲んでしまった佛跳牆。この3つの要素が絶妙に絡み合った話は、『美味しんぼ』史上でも1、2を争う感動話との声が多い。

 また海原雄山と稲森社長は、心の奥底で優しさを持ちながらも他人に厳しく接しているという点で、共通した部分があると見る人もいた。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「漫画」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる