全員が最強! 修羅たちが戦う『異修羅』シリーズは先が読めないからこそ面白い

全員が最強!『異修羅』シリーズの面白さ

 最強を語る者たちが集う戦いは、板垣恵介の『バキ』シリーズや、迫稔雄の『バトゥーキ』といった格闘がテーマの物語でおなじみの光景だ。レスリングに空手にボクシングに喧嘩に怪力等々、様々な格闘の技や筋肉の力が繰り出されてはぶつかり合うが、誰が主人公かは分かっている。範馬刃牙であり三條一里だ。『バキ』シリーズに登場する「地上最強の生物」こと範馬勇次郎も、『バトゥーキ』で鉄拳を繰り出す悪軍鉄馬も、刃牙や一里にいつか乗り越えられる運命にあるだろう。だからこそ、今は弱者の主人公が、強大な壁を突破していくカタルシスがシリーズの読みどころになる。

 しかし、誰もが最強で、誰もが英雄という『異修羅』シリーズの設定は、そうしたカタルシスを得るためのより所がなく、たどり着くべきゴールも見えない。長大なストーリーを引っ張っていく上でハンディだが、だからこそ読み手の方に誰かを“推し”に決め、強さの行方を追っていくという独自の楽しみ方ができる。

 普段は寝てばかりだが、時折むっくりと立ち上がっては、大人が12人がかりで運ぶ鉄柱を巨大な弓で射て、暮らしている村を災害から救っているメレの温かさ。卓越した身体能力と、毒も攻撃も通さない防御能力を持った狂戦士の少女「魔法のツー」の麗しさ。それぞれが特徴を持ち、背景を持った修羅達のどこかに惹かれ、推したいと思って自分の中で主役に据えたら、今度は立ちふさがる敵を相手にどうすれば勝てるかを想像する。

 好みのキャラを選び、得意技やステイタスを考慮した上で、敵キャラを攻略していく格闘ゲームに似た楽しみを味わえる小説。それが『異修羅』シリーズなのかもしれない。

 8月12日発売の最新刊『異修羅III 絶息無声禍』でいよいよ始まった「六合上覧」では、サイアノプと、大量の魔剣を使いこなす「おぞましきトロア」が激突し、そして鳥竜「星馳せアルス」と万物を凍結させる竜「冬のルクノカ」が、何発もの超大型爆弾が炸裂して大地を変容させる戦いを繰り広げる。そうやって進んでいく一回戦や続く二回戦で、剣豪対爆弾のようなミスマッチも組まれそう。それでも、修羅たちの武力や呪力、時には策略や政治力も繰り出され、ハンディをハンディと思わせない戦いを見せてくれるだろう。

 後は、推しが最後まで残れば嬉しいのだが。

■タニグチリウイチ
愛知県生まれ、書評家・ライター。ライトノベルを中心に『SFマガジン』『ミステリマガジン』で書評を執筆、本の雑誌社『おすすめ文庫王国』でもライトノベルのベスト10を紹介。文庫解説では越谷オサム『いとみち』3部作をすべて担当。小学館の『漫画家本』シリーズに細野不二彦、一ノ関圭、小山ゆうらの作品評を執筆。2019年3月まで勤務していた新聞社ではアニメやゲームの記事を良く手がけ、退職後もアニメや映画の監督インタビュー、エンタメ系イベントのリポートなどを各所に執筆。 

■書籍情報

異修羅III 絶息無声禍
「異修羅」シリーズ(電撃の新文芸)既刊3巻
著者:珪素
イラスト:クレタ

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「書評」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる