「刃牙」シリーズ・渋川剛気のモデルとなった合気の達人とは? 板垣恵介が描く、武術の領域

『バキ道』「刃牙」シリーズと合気道

もう一つの格闘技伝説〜「しからば、力くらべせむ」

 現在進行中の「刃牙」シリーズ最新作・『バキ道』は、『日本書紀』に記された「野見宿禰(のみのすくね)」伝説を紐解くところから始まる。そこで描かれる「古代相撲」に対し、日本神話にはもう一つの格闘技伝説があることをご存知だろうか? 

 それは『古事記』の「国譲り神話」における出来事で、タケミカヅチとタケミナカタという神同士の戦いだった。「然らば、力を競(くら)べせむ」、……「だったら力比べしようじゃないか」。そう言って勝負を持ち掛けたのがタケミナカタだが、これは野見宿禰のライバル、「當麻蹶速(たいまのけはや)」の発言によく似ている。

 蹶速が言ったのは「頓(ひたぶる)に、力を争(くら)べせむ」、……『バキ道』の第1話で「ひたぶるに我と「力比べ」せん者と!!!」というセリフになったものだ。そして『古事記』における「力比べ」も「互いの腕を掴み合う」という素手の形式だったため、宿禰伝説に繋がる「相撲の元祖」として伝えられるようにもなった。

「合気」の源流とも伝えられるタケミカヅチ

 『バキ道』6巻に収録予定の第49話では、合気柔術の達人・渋川剛気と、その師・御輿芝喜平の出会いが描かれる。板垣恵介は「岩のように頑丈な体」をそのまま「岩」として描いてしまうような、具体的な比喩の表現を得意とする漫画家だが、御輿芝の「合気」の力を表すのに使ったのが「巨大な氷嚢」の絵だった。

 単に重かったり、堅かったりするのではなく、氷の詰まった袋……。一見すると不思議な表現だ。しかしもしかすると、板垣恵介が『古事記』と合気の関係を知った上で描いたかもしれない可能性を指摘したい。

 「その御手を取らしむれば、即ち立氷(たちひ)に取り成し、また剣刃に取り成しつ」、……「タケミカヅチが自分の手を相手に掴ませると、その腕を氷柱や剣のように変化させた」と『古事記』には書かれている。さらに「タケミナカタの手を掴み返すと、若葦でも折り取るかのように投げ飛ばした」と、凄まじい投げ技の反撃へと続く。

 タケミカヅチが見せたこの「神技」こそが、実は「合気」の源流を表しているという口伝が存在するのだ。それは合気道の元となった「大東流合気柔術」の言い伝えであり、その大東流から合気道を創始した開祖・「植芝盛平」も『古事記』から合気の極意を学ぶ重要性を弟子に伝えている。

 もちろん、神話に起源を求める言い伝えなどは、作り話にすぎない気もする。ただ、実際に植芝の手を握ったことのある力士・天竜三郎は、その手を「まるで鉄棒」のように感じて畏怖したと言い(「合気道新聞」第116号より)、達人の放つ「合気」が氷柱や剣のように重たくて冷やかなイメージを与えるのも事実らしいのだ。

 この植芝盛平こそが、御輿芝喜平のモデルとされる実在の武道家なのである。すると、御輿芝の合気を「氷嚢」に喩える板垣は、意外と「リアルな合気道」をよく理解しながら描いているようにも思えてくる。

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