『チェンソーマン』圧巻のスピード感と“絵”の力 救いのない物語はさらにヤバい世界へ
状況の説明がないまま、突き進む藤本タツキの描写力は、これまでも凄まじかったが、空にびっしりとドアが敷き詰められており、足元には切り取られた人間の指が落ちているという地獄の描写は、比喩ではなく本当に悪夢を見ているかのようである。
魔人たちが怯えているのを見たクァンシは一時休戦を申し出て、戦いに備えるのだが、そこに現れた根源的恐怖の名前を持つ悪魔達の一人「闇の悪魔」は、圧倒的な力でデンジたちの両腕を切り落としてしまう。
「私は人形の悪魔です」「契約通りチェンソーの心臓を持ってきました」「私にどうか……マキマを殺せる力をください」と言うトーリカは、闇の悪魔に首をとられる。デンジたちは「闇の悪魔」に戦いを挑むが、返り討ちに遭い、デンジの上司・マキマは蜘蛛の悪魔・プリンシの肉体を使って地獄へ向かい、なんとかデンジたちを現実に帰還させる。
現実では「闇の悪魔」の肉片を取り込んだ師匠が不気味な姿に変身していた。実は彼女こそが、人間を人形に変える真のサンタクロースだったのだ。
ここから先はデンジ&クァンシVSサンタクロースのノンストップバトルとなる。何回も読み返さないと状況が理解できない複雑な構成だが、どうやら狙われていたのはデンジではなくマキマで、世界の権力者たちが恐れる巨大な力が彼女にはあることがわかってくる。劇中には「会話はマキマに聞かれている」というニュアンスのメモが繰り返し登場するのだが、どうやら彼女はネズミや鳥といった下等生物の耳を借りて人の話を盗み聞きしているらしい。
デンジと「闇の悪魔」の力を取り込んだサンタクロースとの戦いにおける、真面目なのかふざけているのかわからないやりとり(なぜか途中で綱引きになる)や、サンタクロースを倒す際にクァンシと同行する魔人・コスモが見せた「ハロウィンのことしか考えられなくなる」精神攻撃の宇宙を感じさせる描写が続いた後、あっけなくクァンシたちはマキマに殺され、この巻は終わる。
この7~8巻のスピード感は圧巻の一言で、新登場した多数のキャラクターたちがあっさりと一掃されてしまう展開はもちろんのこと、悪魔や魔人の禍々しい姿と人智を超えた攻撃を、言葉による説明を最小限にして絵の力だけで押し通す演出には頭が下がる。
岸辺でなくとも「何も見たくねぇ…」と言いたくなる救いのない物語だが、巻を重ねるごとに漫画家として研ぎ澄まされていく藤本タツキが今後「どんなヤバい世界を見せてくれるのか」と思うと、恐いと同時に楽しみである。
■成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。
■書籍情報
『チェンソーマン』既刊8巻
著者:藤本タツキ
出版社:集英社
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