葛西純自伝連載『狂猿』第13回 相次ぐ膝のケガとホテルで体験した心霊現象

葛西純自伝連載『狂猿』第13回 相次ぐ膝のケガとホテルで体験した心霊現象

 バイトしながらも左ヒザのケガはなんとか回復して、2008年6月13日に半年ぶりの復帰戦をすることになった。休場している間に大きく変わってしまったのは、アパッチプロレスから金村さんがいなくなってたことだった。事件はオレっちの欠場中に起きていたことだから、詳しい事情はわからない。だから、金村さんとは挨拶をする間もないまま、進む道が違ってしまった。

 この復帰戦は、アパッチにとっても活動再開の第一線で、俺っちはジ・ウインガーとデスマッチで戦った。休んでた分を巻き返さないといけない。所属のアパッチだけでなく、いろんな団体に参戦した。DDT、トリプルシックス、阿佐ヶ谷プロレス……新宿二丁目プロレスの旗揚げ戦にも出た。大日本プロレスでは、デスマッチヘビーのチャンピオンだったシャドウWXと横浜文体でタイトルマッチにも挑んだ。蛍光灯ボードに、鉄檻、それに激辛のデスソースを振りかけあうような展開で、それなりに狂った試合にはなったけど、ベルトには届かなかった。

 年末の葛西プロデュース興行で、MASADAとカミソリマッチをやったのも印象深い。MASADAは、以前から大日本に上がってたけど、持ち味が発揮できてないと思ってたから、この試合で覚醒させたいと思ってた。思惑どおり、この試合のあとぐらいからMASADAは風格が出てきて、アメリカでもデスマッチキングと呼ばれるくらいの存在になっていった。

2009年の葛西純

 2009年の頭から、アパッチプロレスは新体制で再スタートを切ることになった。所属選手は、葛西純、佐々木貴、マンモス佐々木、黒田哲広、GENTARO、ジ・ウインガー、神威の7人。1月16日には新木場で新体制による最初の興行が開催され、俺っちは佐々木貴と「アパッチ式デスマッチ」で戦った。

 2月からは大日本プロレスの最挟タッグリーグ戦がはじまり、俺っちは沼澤邪鬼との045邪猿気違’sで出場。その最中に、大日本プロレスが初めて新木場ファーストリングで大会をやるということになり、その一発目のメインはインパクトが欲しいということで、あえてタッグを組んでる俺っちとヌマでシングルをやることになった。

 試合形式は「13日の金曜日イヴ三途の川に架ける橋〜madness of massacre」と名付けられ、高さ3メートルの足場を組んで、リングの内外に蛍光灯が散乱するようなハードな展開になった。俺っちは新木場の壁をよじのぼって、看板の一番上からのダイブも敢行した。

 この試合の2日後、練習中に右膝の半月板を損傷したということで、葛西純の欠場が発表された。いまだから言うけど、この時のケガは試合や練習中に負ったものではない。ヌマとの試合の翌日、いつものように清掃バイトに入って、夜の19時から朝の5時まで働いていた。

 俺っちは風呂の清掃を担当していて、しゃがんで作業すると腰に響くから、横すわりの体制で床を拭き上げていた。もうそろそろ大丈夫かなと思って、拭き残りがないか確認しようとそのままの姿勢で上体だけちょっと後ろに捻ったら、右膝がベキベキベキって音を立てた。もう何度も経験してるから『これはもう動けないやつだ』と瞬時に悟った。清掃は二人一組で、その時のパートナーがフィリピン人のリンダさんっていう女性だったので、俺っちはなんとか手を伸ばして風呂のドアを開けて「リンダさーん! ごめん、俺、大ケガしちゃったー」と叫んだらリンダさんが駆けつけてくれたんだけど「カサイさん、ナニ言ってるの?」って上手く伝わらない。それでフロントの人を呼んでもらって、その場で簡易的な松葉杖を作って、なんとか立つことはできて、そのまま早退。翌日病院に行ったら、前十字靭帯断裂、内側靭帯断裂と診断されて、欠場というのが真相だ。

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