『君は月夜に光り輝く』著者・佐野徹夜が語る、純文学と娯楽大作のあわい 「今の自分に戸惑っている」
自分が影響を受けたような、10代の生きづらさを描いた作品を書きたい
――佐野さんはこれまで10代の登場人物を主人公に作品を書いてきましたが、この年代にフォーカスする理由はありますか?
佐野:僕自身が若いときに変わったタイプの青春小説が好きだったからです。僕は中高時代、人と全然うまく話せずクラスメイトや教師にはいじめられ、学校ではずっと本ばかり読み、家に帰るとインターネットで自分のサイトやブログを更新して朝方眠りにつき、たまにオフ会をして、学校には遅刻していくという普通の青春を謳歌出来ない薄暗いタイプの人間でした。そんなとき、10代の生きづらさを描いた作品に影響を受けたので、自分もそういう作品を書きたいと考えるようになりました。
――佐野作品では、息苦しさから脱出することと恋愛が成就することがパラレルに着地します。たとえば友情や家族が救いになってもいいかもしれないのに、なぜ恋愛なんでしょう。
佐野:友情でも家族が救いになってもいいし、そういう作品を書いていきたいとも思っています。ただ、僕自身が個人的に友情や家族にロマンチックなものを感じることができないから、現状書けていないのかもしれません。
――佐野作品は同性同士の友情が微妙な話が多い印象があります。異性間の友情が成立するしない論争はよく聞きますが、こんなに同性同士の友情がギクシャクする話ばかり書いている人はあまり思いつきません。
佐野:そうですか? ただ、ベタベタした友情は好きではなく、どこか緊張感のある関係性を書きたいとはいつも思っています。でも一方で、僕は本当は「友情はただただ楽しい」という話が書きたいんですけどね。『稻中』のようなダメな奴らの集まりを描いた小説も書きたいんですけど……。
――そうなんですか?(笑)
佐野:ただ、部分的にダメ人間を入れるくらいだとギリギリ編集者に許してもらえるんですが、全面的にダメ人間を出そうとすると、これまではボツにされていたんですよね。
――天ヶ瀬は「自分が死んだあとも世界が終わらないのが嫌だ」と言いますよね。『この世界にiをこめて』の吉野は自分が書いた小説が「百年後に読まれるかにしか興味ない」と言います。ふたりは自分が死んだあとのことを気にしている点で似ています。佐野さんは、今作品が読まれることと、自分が死んだあとも読まれることどちらをより望んでいますか?
佐野:難しいとは思いつつも、死んだあとも読まれるような作品を書きたいという願望はあります。自分の人生が自分だけで終わってしまうのが虚しいという感覚がどこかあって、それが故に小説を書いているところがあるからです。ずっと読み継がれないとしても、自分の作品がミームとして何かしら人に影響を与え、続いていくとしたら、救いになるな、という感覚はあります。
純文学にも娯楽大作にも居場所を見つけられない人たちへ
――次は単行本を書かれるそうですが、さわりだけでも「こんなものになるかもしれない」ということを教えていただけないでしょうか。
佐野:SFというほどではないですが、少し近未来を舞台にテクノロジーに振り回される思春期の少年少女の話を考えています。
――SFも好きですか?
佐野:実は全然詳しくないのですが、ヴォネガットやディック、イーガンやテッドチャン、飛浩隆さん、最近の作品だと小川哲さんの『ゲームの王国』が好きです。話題の『三体』も面白かったです。SFではないかもしれませんが、ウェルベックの『素粒子』やカズオイシグロ『わたしを離さないで』のような作品も好きです。
――以前、河出書房新社の文芸誌『文藝』に短編を書いていましたが、純文学的な作品も書きたいという気持ちはありますか?
佐野:書きたいですね。でも今は実力が追いついていないので、もっと勉強しないと、という気持ちが強いです。ただ、チャンスがあればやりたいと常に思っています。
このままだと売上の多寡だけで評価される作家になってしまうという恐怖があり、それはすごくしんどい。何かの賞にノミネートされるとか……数字以外の評価もされるところに行きたいですね。
――参照されるトラックレコードが数字しかないと息苦しい、定性的な評価もしてほしい、という気持ちは非常によくわかります。loundrawさん主宰のアニメスタジオFLAT STUDIO所属になって、執筆環境は変わりましたか?
佐野:物理的な執筆環境は変化なく、今まで通り、僕は自宅で一人、地味に原稿を書いています。ただ、小説以外の作品に取り組んでいるなど、仕事の幅は広がり、刺激を受けています。今、FLAT STUDIOでやっていることが作品として世に出るのは何年か後だと思いますが、楽しんでいただけるものを作るべく、がんばっています。
――最後に『さよなら世界の終わり』未読の方に向けてひとことお願いします。
佐野:よく「純文学」と「エンターテインメント」という分け方がされますが、個人的には「エンターテインメント」という言葉は娯楽感があまりにも強くて、しっくりきません。僕はそこまで「エンターテインメント」だと思って小説を書いていないし、受け手としても娯楽色の強い作品は楽しめなかった。でも一方で15歳の時の僕は、ある種の純文学を読んでも理解できなかった。教養がなかったからです。『さよなら世界の終わり』は、そんなふうに純然たる芸術にも娯楽にも居場所を見つけられずに生きづらさを抱えている15歳の人に向けて書いた作品です。だから、そういう人に読んでもらえたら嬉しいです。
■書籍情報
『さよなら世界の終わり』(新潮文庫nex)
著者:佐野徹夜
出版社:新潮社
価格:649円(税込)
<発売中>
https://www.shinchosha.co.jp/book/180190/