日本が存在しない世界、移民となった女性は旅をする 多和田葉子『星に仄めかされて』が描き出す、越境の物語

多和田葉子『星に仄めかされて』書評

 この世界は現実なのか、夢なのか。神話や昔話の世界と地続きではあるが、描かれているのは、恐らく遠い未来の話。国も時代も超越した「言葉」の探求を通して、現実と夢の間を彷徨い、自分自身のことさえよくわからなくなっていく彼らは、ムンンとヴィタが言う「あたしたちは、映画の中に住んでいる(p.20)」という言葉そのままに、本書においてなぜか頻繁に登場するラース・フォン・トリアー監督の映画の中の登場人物なのかもしれない。

 それでいて、性別も国も違う、個性豊かな登場人物たちが、時にコミュニケーションの齟齬に悩み、時に親子間のコンプレックスに悩みながらも、恋や友情を育みつつ、旅を進めていく姿は、その世界が例え「日本が存在しない世界」だったとしても、不変の共感に満ちていて、とても魅力的だ。

 3部作に渡る、Hirukoと愉快な仲間たちの摩訶不思議な「言葉」を巡る流浪の旅に同行できる、この本を手にとった読者は幸運である。

第1作『地球にちりばめられて』

 この本とは、「いま最もノーベル文学賞に近い日本人作家」と目される多和田葉子の最新作、『星に仄めかされて』(講談社)だ。2018年に出版された『地球にちりばめられて』(講談社)に続く三部作のうちの第二部である。超少子高齢化社会と化した鎖国下の日本を描いた『献灯使』(講談社)で全米図書賞を受賞し、芥川賞はじめありとあらゆる賞を受賞しているドイツ在住の多和田が描く、国境を軽々と超越する新たな物語だ。

 ヒロインHirukoは、ヨーロッパ留学中に「母国の島国」が消滅してしまった女性だ。「母国の島国」は、「福井」や「出汁」、「鮨」といった言葉から、日本であると容易に推測できる。だが、「日本」、「Japan」といった言葉は一切登場しない。日本を母国としているHirukoやSusanooの回想によってのみ日本の光景は色鮮やかに示されるが、この物語の世界の人々のほとんどが、「世界地図から消滅してしまった国」である日本と日本語のことを忘れてしまっている。

 帰る場所を失ってしまったHirukoは、移民となって国を渡り歩いて生きるしかなくなり、その状況を生き抜くため、「パンスカ」という独自の言語を作り出した。その「パンスカ」に魅せられ、彼女の「自分と同じ母語を話す人間を探す旅」に同行するクヌート。クヌートに一目惚れした「性の引っ越し中」のインド人・アカッシュ、成り行きで日本人を演じていたエスキモー・ナヌーク、ナヌークの恋人・ノラ、そして、ある時から言葉を喪失する病気になり、歳をとることを忘れてしまった、恐らくHirukoと同郷人と思われるSusanooと、個性溢れる仲間たちが、「旅は道連れ」とばかりに、旅をすればするほど増えていく。

 さらには、クヌートとナヌークが実はクヌートの母親を介して思わぬ縁で結ばれていたり(前作『地球にちりばめられて』にて)、その母親の恋人が思わぬ相手だったりと、国境を越えた「世間狭っ!」と突っ込みたくなる出来事が多々あるのも楽しい。

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