現代でも“モテる”光源氏はどう描かれた? 『いいね!光源氏くん』えすとえむの繊細な画風

えすとえむだから描けた光源氏像

 今作品でもその素晴らしさが活かされている。まず、今どきの絵柄で平安貴族を描こうとすると烏帽子が似合わない、等身が衣服に合わないなど恰好がつかなくなってしまいがちだが、今作品にはそれがまったくない。えすとえむらしいはっきりとした線で描かれる目鼻立ちが綺麗なイケメンが、平安貴族の私服である直衣を着て烏帽子をかぶることで完成されている。たとえば平安時代なのに茶髪が見えているなど、少しでも違和感があると世界観に共感できなくなるものだ。特殊な設定であるとき、その違和感は致命的になる。どんな作品でも美しいものを忠実に描ききってきたえすとえむだからこそ、美しい直衣を着て烏帽子をかぶった男性を堂々と“現世召喚された光源氏”として表現できたのではないか。こんなに正しく平安貴族を表現しながら、稀代のモテ男でかっこいい光源氏のイメージも崩さず描ける稀有な技術がある。

 そして、普通ではない世界を受け入れることができると、起こり得る普通の出来事が面白くなっていくのだ。たとえばスターバックスの抹茶フラペチーノに感動して唐突に短歌を詠むとか、何もしなくてよかった貴族だからこそ自然にヒモ状態になれる等、光源氏あるあるがよりシュールになって笑えてくる。日本最古の物語の主人公を現代に実在させる、という複雑な設定にリアリティを持たせる作画の技術と、それを壊さない絶妙なギャグセンスにより多くの読者が素直に楽しめる作品となっている。

 また、作中で光源氏が詠む短歌は、現代歌人によって今作品のために作られている。その短歌の美しさも作品世界を彩る大切な要素になっている。

 2巻では、光源氏の妻の兄である人物が同じように現代に迷い込んでくる。頭中将という名のそのハンサムな男性も部屋に住みつくようになるが、光源氏とはまた違う生活をし始める。見目麗しい二人の平安貴族の、ファッションや短歌もすべて真剣そのものだからこそ笑ってしまう。そんな唯一無二の新しい光源氏にぜひ出会ってみてほしい。

■書籍情報
『いいね!光源氏くん』1〜3巻
著者:えすとえむ
出版社:祥伝社
https://www.shodensha.co.jp/hikarugenjikun/

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