柳樂光隆×細田成嗣『Jazz the New Chapter』対談 「誰がいつ出会っても価値のあるテキストにしたい」
ニーゼロ年代の音楽批評に向けて
柳樂:たとえば今だったらAbletonに突っ込んでリズム解析して数値化した方が新しい音楽批評とも言えるよね。これは自分の好みの問題でもあるんだけど、それにはあまり興味がわかないんですよ。音楽って意味がわからないものの方がいいと思っているから。最近だとカッサ・オーヴァーオールみたいなね。ライブ観てレビューも書いたんだけど、カッサはドラムとパーカッションと歌とキーボードを全部やっていて、しかも自分で作ったビートも流す。どこにも軸足のない音楽みたいで、本当はオシャレなヒップホップもできるはずなのに、そうじゃない作品を作っていて、意味わからないじゃん? でも「意味がわからなくていいね」で終わりにするんじゃなくて、意味がわからないからこそ、その意味のわからなさについて考えたい。だから興味がわくよね。
細田:それは先ほどの聴きどころを提示するという話でもありますよね。今回ネイト・ウーリーにインタビューして印象に残ったのが、これは誌面には載せられなかったのですが、彼が運営する『Sound American』誌についての発言でした。いわゆるアメリカ実験音楽は難解だと思われているけれども、彼にとってはとても楽しいものだと。しかしアメリカ実験音楽を擁護する論者はときにドゥルーズを援用してエリート主義の壁を構築しながら、聴こうとしない人々を批判してきた。そうした状況をネイトは「あたかも家の周りに壁を作って『誰も来ないじゃないか!』と不満を言うようなものだ」と言っていて、シンプルで日常的な言葉でそういった音楽への情熱を共有したかったと。
柳樂:やっぱり新しい言葉を作らないとダメなんだよね。それは造語を作るとかいう話じゃなくて、その音楽を語るためのフォーマットを生み出すということね。そうすると難解な音楽でも語りやすくてカジュアルなものになっていく。それも音楽評論の役割だと思うんだよね。もちろんレッテルが貼られてしまう危険性もあるけど、たとえば渋谷陽一とか中村とうようとか、田中宗一郎とかはそういう役割を担ってきたと思うんですよ。新しい言葉で新しい音楽を語ることで、リスナーが音楽を言葉にするための方法を提示するというか。JTNCはそういうことも意識していて。今やファッション誌でジャズ特集を組んだとしても、音楽専門じゃないライターがちょっと調べればグラスパーやカマシについて簡単に書ける環境があると思う。フリー・ジャズについてもそういう言葉が作れれば状況が変わるような気がするね。
細田:フリー・ジャズの評論の場合、語るための言葉として難解な人文書のような言い回しを提供してきましたからね。とはいえメジャーな音楽とやや事情が異なるのは、とりわけまだインターネットがない時代には、情報を供給するという点だけでも価値があったということです。かつてフリー・ジャズ周辺の情報を知るためには間章や清水俊彦の文章を読まなければならなかった。逆に言うなら、新しい情報さえ提供すればどんな書き方でも許されたわけで、音楽評論の可能性に開かれていた時代だったとも言えます。今はむしろ、情報はいくらでもあるわけで、翻訳ソフトによって言語の壁もなくなりつつありますし、つねに何らかの視点を提示しなければ意味がない。
柳樂:僕の場合はぜんぜん違うルートから聴き方を提案する方法をつねに探していますね。フュージョンだったらフュージョン自体のイメージが変わっていくような方法。あるミュージシャンの価値をちゃんと転換するためにいろんな接点を探しているから、今だったらUKジャズの若手のシャバカ・ハッチングスからUKフリージャズの大ベテランのエヴァン・パーカーにつながったり、そういう形でフリー・ジャズが出てくることに関心があるね。
細田:新しい語り口というのは、単に文体だけの話ではなくて視点の話でもあるわけですよね。たとえば間章的なものから逃れようとして、妙に砕けた文体で、とにかくわかりやすいことを強調して敷居を下げようとする言説もあります。ただ、視点がないと敷居が下がっても聴きどころがわからない。視点を得るためには、ある音楽を継続的に追いかける必要があると思うんです。
柳樂:そうだね。たとえば他のジャンルでJTNCみたいなことをやろうとしても、特定の音楽ジャンルを何とかするために作ろうとしたら難しいと思うんだよね。面白いものを追っていたら、最終的にたまたまたどり着くものであって。いろいろ出てきた音楽を最終的にどうパッケージングするかって話ならいいんだけど、ジャンルありきで出発するのは違うじゃないですか。無理が出てきて、足りない文脈を埋めるために変なことを書いたりしてしまうかもしれない。だから、ジャンルを持ち上げるためのディスクガイド的な発想でやってもJTNCのようにはならないんだよね。いろんなものを聴いていくなかで、出てきたものを自分なりの文脈と言葉でまとめていくうちに生まれる気がするよね。僕はフリー・ジャズ凄い好きなんだけど、だからこそ意味のない取り上げ方はしたくない。意味が出て取り上げる必然性が出てきたらやりたいと思ってるんだよ。
細田:JTNCの作り方自体がそうですよね。取材したり音盤を聴いたりしていくうちにコンセプトが固まっていって、本としてまとまっていくわけで。自分は3年前に「即興音楽の新しい波」というタイトルの論考を書いたことがあるんですが、あれも即興音楽なるジャンルをどうにかしようとか考えたわけではなくて、水道橋のFTARRIというイベント・スペースに行き続けていたら見えてきたものがあって、それをまとめたテキストなんです。その意味ではJTNC的なアプローチだったなと感じています。
柳樂:たとえば若林恵さんが『NEXT GENERATION BANK 次世代銀行は世界をこう変える』を出したじゃないですか。あれも最初から金融の本を作る気だったわけじゃなかったと思うんだよ。WIREDの編集長やってて、スタートアップとかテック系の話を集めていった結果、今、語るべき需要なポイントとして辿り着いたのが金融だったんだと思う。で、お金と銀行って国家や行政につながるから、第二弾が『NEXT GENERATION GOVERNMENT 小さくて大きい政府のつくり方』になったんじゃないかな。そういう作り方が今の時代にふさわしい気がしていて。そういうふうに音楽を捉える人が増えてきたら、面白い本も増えてくるんじゃないかな。ジャンルのディスクガイドを作ることを出発点にするんじゃなくて、色々調べたり、人に話を聞いたり、自分で考えている中で最終的に一番いい容れ物が見つかったときに作られるような本が必要な気がするね。
■ムック情報
『Jazz The New Chapter 6』
監修:柳樂光隆
価格:1,800円+税
出版社:シンコーミュージック
【内容】
SPECIAL INTERVIEW
Thundercat
Flying Lotus
Christian Scott aTunde Adjuah
Brittany Howard
Meshell Ndegeocello
ChassolJacob Collier
COLUMN
『Flamagra』と『The Renaissance』
ロバート・グラスパー『Fuck Yo Feelings』の先進性
非西洋科学的テーマに注がれる視線
ジェイコブ・コリアーに至る合唱曲史(小室敬幸)
PART 1 : A NEW GENERATION OF JAZZ
James Francies / Joel Ross / Jazzmeia Horn
PART 2 : DISC SELECTION
New Standards 2018-2020(選盤・執筆:柳樂光隆)
COLUMN : サウンド・アメリカン / アンジェリーク・キジョー / Jazz The New Chapter Ternary
PART 3 : VISION OF GROUND UP
グラウンド・アップ・フェス潜入ルポ
Michael League / Jason “JT” Thomas / Bob Reynoldsa musical journey : David Crosby(高橋健太郎)
Becca Stevens / Michelle Willis
Good Music Company
PART 4 : DRUMMER-COMPOSERS
Kassa Overall
Nate Smith
Kendrick ScottMark Guiliana
COLUMN : 「音色」の探求へと進むドラマーたち(高橋アフィ)
Louis Cole
Perrin Moss
PART 5 : INSIDE AND ALONGSIDE THE L.A. JAZZ SCENE
COLUMN : コミュニティとシェアの文化が育んだLAシーンの背景(原 雅明)
Carlos Niño
Flying Lotus
Mark de Clive-Lowe
PART 6 : BRING A NEW PERSPECTIVE ON SAXOPHONE
Charles Lloyd
Marcus Strickland
Braxton CookDonny McCaslin
Dayna Stephens
PART 7 : CULTURAL ACTION IN U.K.
COLUMN : 文化的な運動として続くジャズの継承と発展
Courtney Pine
The Comet Is Coming
SPECIAL INTERVIEW
Marcus Miller
Marquis Hill
Stu Mindeman
Camila Meza
COLUMN
若手育成を支えるアメリカのジャズ教育システム
ヌエバ・カンシオンとトロピカリア
チャーチ出身のミュージシャンはなぜ強靭なのか(唐木 元)
ドン・シャーリーから考えるジャズ・ピアノ史
セファルディムとアシュケナジム
ノンサッチ×ニューアムステルダムなぜ今、アンソニー・ブラクストンなのか(細田成嗣)