伝説の編集者・二階堂奥歯はなぜ25歳でこの世を去ったのか? 『八本脚の蝶』復刊に寄せて

伝説の書『八本脚の蝶』レビュー

ビブリオフィリアによる文章

 二階堂奥歯の名をご存じだろうか。『八本脚の蝶』というなんとも蠱惑(こわく)的なタイトルの書物の著者として知られる伝説の女性編集者だが、2003年4月26日の朝が来る前に、彼女は飛び降り自殺した。25歳だった。

 『八本脚の蝶』は、二階堂が生前ネットで公開していた日記(現在も閲覧可能:http://oquba.world.coocan.jp/)と関係者数名の文章をまとめたもので、2006年にポプラ社から書籍化、一部の本好きの間で熱狂的な支持を集めるも、残念ながら近年では入手困難になっていた(それにともない古書価格も高騰)。当然、その“伝説の書”を手軽に読みたいと願う若い世代も少なくなかったはずだが、そういう人たちの声を反映させてか、このたび河出文庫の1冊として久しぶりに市場に復活した。また、読者だけでなく同じ想いの書店員も多かったのだろう、私がよく行く都内のいくつかの書店に限っていえば、いずれの店でも文庫売り場のかなりいい場所で大展開(大量に面陳・平積み)されている。

 さて、この『八本脚の蝶』だが、一応、日記の形をとってはいるものの、その内容はほとんどが二階堂が手に入れた本についての感想と紹介、そして膨大な書物からの引用である。何しろ、「就職してから年に多分三六五冊を超すぐらいの本を読んでいる。学生の時はその倍、小学生の時はその三倍は読んだ」というほどのビブリオフィリア(愛書家)による文章だ。出てくる作家名も、澁澤龍彦、矢川澄子、笠井潔、サド、マンディアルグ、ボルヘス、ラヴクラフト、ポーリーヌ・レアージュと、ある種の美学を感じさせる人物ばかりである(漫画家では岡崎京子や高橋葉介がお気に入りだった様子)。

 そして、何より本書を読んでいて楽しいのは、彼女が「本を買う」話の数々だ。たとえば、「乙女パワー全開」な装いの二階堂がある古書店に行くと、最初は「店主のおじさん」に冷たくあしらわれていたのだが、探している本の書名を挙げたとたんその態度が変わった、という話がおもしろい。後日また同じ店に行ったら、今度は「おばさん」が店に出ていた。何も知らないおばさんは前回のおじさん同様、「何か御用ですか」と、冷たい態度で彼女に訊く。すると奥からおじさんがひょっこり出てきて、こういうのだった。「ああ、その人はいいの」。

 他にも、「小汚くておいしい中華料理屋」で、買ったばかりの古本の『接吻』(大場正史)を読みながら食事していたら、キスをしたばかりとおぼしき紳士と相席になったとか、会社への電話連絡で、「もしもし、二階堂です。私あと五分で昼休みが終わるのですが、今神保町にいまして、古本の神様があと二軒廻ってから帰れというので休憩を三〇分いただきます」といったりとか、本好きなら思わず微笑んでしまうようなエピソードがたくさん散りばめられている。だから本書の前半部分は、本好きにとっては、まるで同じ趣味の友人のブログを読んでいるかのようでとても楽しい。しかし後半では、彼女の心が徐々に壊れていく様子が抽象的に綴られていき、具体的に何が起きているのかはわからないが、読んでいてかなり辛い。それと同時に、書物からの引用が前半部分と比べ異様に増えていく。

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