伝説の編集者・二階堂奥歯はなぜ25歳でこの世を去ったのか? 『八本脚の蝶』復刊に寄せて

伝説の書『八本脚の蝶』レビュー

衝撃的な「最後のお知らせ」

 なんでも二階堂奥歯は16歳のときに、「物語をまもる者でありたい」と誓ったのだそうだ。それゆえに人生最後の数か月の間は、物語に救いを求めるしかなかったのだろうか。そうかもしれないし、そうでないかもしれない。ただ、個人的に印象に残っているのは、そうした後半部分の膨大な引用よりも、むしろ、比較的最初の頃の日記(2001年6月26日)に出てくるジーン・ウルフの次のような文章だ。

 きみは本をつきつける。「この本、もうあと読みたくないよ。博士はきっと最後に死んでしまうんだもん」
「わたしを失いたくないか? 泣かせるね」
「最後に死ぬんでしょう、ねえ? あなたは火のなかで焼け死んで、ランサム船長はタラーを残して行ってしまうんだ」
デス博士は微笑する。「だけど、また本を最初から読みはじめれば、みんな帰ってくるんだよ。ゴロも、獣人も」
「ほんと?」
「ほんとうだとも」彼は立ちあがり、きみの髪をもみくしゃにする。「きみだってそうなんだ、タッキー。まだ小さいから理解できないかもしれないが、きみだって同じなんだよ」
(ジーン・ウルフ『デス博士の島その他の物語』/『20世紀SF[4]1970年代 接続された女』伊藤典夫・河出文庫より)

 たしかに『八本脚の蝶』の後半部分、特に2003年4月26日に大切な人々に向けて書かれた別れのメッセージは、再読に耐えられないくらい見るのが辛い内容だ。だが、このジーン・ウルフの文章を頭に入れたうえでなら、本書は最初から最後まで目を逸らさずに何度でも繰り返し読むことができるだろう。衝撃的な「最後のお知らせ」の一文を読んでしまっても、ふたたび始まりのページを開けば、美しい書物や人形、かわいい化粧品や香水に魅せられた「乙女」の楽しい日々がよみがえる。それはまるで彼女が尊敬していた澁澤龍彦が好んだ円環構造の物語だ。そう、生涯物語をまもりつづけてきた二階堂奥歯という名のビブリオフィリアは、本書において物語そのものになったといっても過言ではないのである。

■島田一志
1969年生まれ。ライター、編集者。『九龍』元編集長。近年では小学館の『漫画家本』シリーズを企画。著書・共著に『ワルの漫画術』『漫画家、映画を語る。』『マンガの現在地!』などがある。@kazzshi69

■書籍情報
『八本脚の蝶』
二階堂奥歯 著
本体:1,200円
出版社:河出書房新社
公式サイト

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