葛西純自伝『狂猿』第5回 九死に一生を得た交通事故、あのときプロレス界の歴史は変わっていたかもしれない

葛西純自伝『狂猿』第5回

葛西純自伝『狂猿』

デビュー戦でとっさに出た技

 鶴見緑地公園は屋外の会場で、俺っちは売店で飲み物を売る係をやっていた。太陽が照りつけるなか、その辺のディスカウントストアから仕入れてきたジュースを、3倍くらいの値段で「冷えてますよ~」とか言いながら売ってたら、「それでは只今より新人のデビュー戦、エキシビジョンマッチ10分1本勝負を行います!」「赤コーナーより葛西純選手の入場です」というアナウンスが響きわたった。うわ、もう出番だ! と察した俺っちは、「よっしゃーっ!」て叫んで、Tシャツ脱いで、ジュース売り場からそのままリングに向かった。


 記念すべきデビュー戦だったけど、試合内容はほとんど覚えてない。照りつける太陽でリングがめちゃくちゃ熱かったことと、5分くらいでなぜか「膝十字固め」を決めてギブアップ勝ちをしたことだけは覚えている。何も教えてもらってないのに、技が出たのが自分でも驚きだった。

 大阪のデビュー戦で勝利を飾ってから、そのまま巡業で試合を重ねていったんだけど、相手は同期ばっかりだったせいもあって、連戦連勝。自分がビル・ゴールドバーグになったような気分だったんだけど、岡山オレンジホールという会場で、初めて先輩レスラーと試合をすることになった。相手は、いまK-ness.として活躍されている方で、当時は素顔だった。もうぜんぜん違った。ボコボコのボロクソにやられて、張り手を喰らって奥歯が折れて吹っ飛んだ。当然のようにその試合は負けたんだけど、先輩からボコボコにされて、初めてプロレスラーになったという実感を得た。

 練習と試合は厳しかったけど、それ以外は本当に居心地が良かった。当時、道場に住んでいた、本間さん、藤田さん、小林とは上下関係じゃなくて、横でつながっている感覚があった。もちろん練習中は厳しかったんだけど、変な縦社会みたいなことはなかった。深夜になると、本間さんが「これから夜練いくぞ!」って宣伝カーに乗って、みんなで近所の家系ラーメンを食べに行ったりね。そんなときはプロレスの話はしないで、くだらない馬鹿話ばかりしていた。

 いつの間にか自分の同期はみんな辞めてしまい、新人は俺っちだけみたいな頃に、ヒョロッヒョロのメガネをかけた、真面目そうなモヤシっ子が入門テストを受けにきた。道場で、山川さんにスクワット500回って言われて、黙々とスクワットをこなしている姿を覚えている。晴れて入門を果たすことになった、このモヤシっ子の名前は、伊東竜二といった。

 伊東と俺っちは、デビューは3カ月くらい違うんだけど、入門に関しては1カ月くらいしか違わない。伊東は頭が良いから、雑用でもなんでもソツなくこなす。運動神経も良いし、飲み込みも早いから、山川さんからは「伊東に比べて葛西はセンスがないな」とよく言われていた。

 山川さんは伊東のことを気に入っていて、背もあるし、当時はオタクみたいな風貌だったけど、磨けばそれなりにシュッとするんじゃないかってすごく期待していた。俺っちは自分自身が日々を過ごすだけで精一杯だったから、まだ伊東のことをライバルとして意識するなんてことはなかった。

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