映画『ボヘミアン・ラプソディ』では描かれなかったクイーンの実像ーー出版相次ぐ関連書籍から読み解く

続々と出版されるクイーン本を読む

 クイーンは、オペラやミュージカルが好きで後にはディスコに傾倒するフレディ、ハード・ロック・マニアのブライアン、いかにもロックンローラー風だがいち早くエレポップに接近したロジャー、ソウル好きのジョンというぐあいに嗜好がバラバラだった。また、初期にはファンタジー的な詞が多かったが、後には現実的でメッセージ性のある曲も書くなど、時期ごとの変化も大きかった。そうした楽曲個々の歌詞については朝日順子『クイーンは何を歌っているのか?』、曲調や制作経緯については石角隆行『クイーン全曲ガイド』が網羅的にまとめている。どちらもバンドをめぐる細かいエピソードをよく拾っていて興味深い。

『フレディ・マーキュリー 自らが語るその人生』

 一方、映画では人種、宗教、セクシュアリティ、病気の面でフレディが差別される立場だったことが描かれたが、生前の彼はそうした社会的問題について声高に主張するタイプではなかった。曲や発言でほのめかすことはあったが、基本的にショーマン、エンタテイナーの姿勢を貫き、受け手の解釈に任せたのである。では、フレディとは本当はどんな人だったのか、レスリー・アン・ジョーンズ『フレディ・マーキュリー 孤独な道化』のような評伝のほか、イラストで綴ったアルフォンソ・カサス『グラフィック伝記 フレディ・マーキュリー』といった書籍もあるが、本人の言葉を知ることができる点では、グレッグ・ブルックス&サイモン・ラプトン構成/編集『フレディ・マーキュリー 自らが語るその人生』が手頃だろう。生前のインタビューから発言を抜粋整理した内容で、大胆さと繊細さの狭間から本音が見え隠れする気がする。

『QUEEN in 3-D クイーン フォト・バイオグラフィ』

 一方、フレディがこの世を去り、ジョンがバンドを離脱した後もロジャーとともにクイーンの看板を守るブライアンは、『QUEEN in 3-D クイーン フォト・バイオグラフィ』という一風変わった自叙伝を発表している。彼は父親とともに自作したギター「レッド・スペシャル」を使っていることで知られ、天文学者(天体物理学)でもあるため「ドクター」とも呼ばれている。凝り性で探究心旺盛な人柄なのだ。そんな彼が、子どもの頃から長年趣味にしてきたのが立体写真である。左右の視差を利用した昔から遊戯的な撮影法であり、彼はクイーンとしてツアーで世界を回り始めてからも周囲を写し続けていた。同書は、それらから選んだ写真にブライアンが文章をつける形で構成されている。

 クイーン関連本の出版ブームでプロのカメラマンが撮った写真が多く発掘掲載されているが、それらにはない味わいが『QUEEN in 3-D』にはある。今回の来日公演のようにハイテク機材を駆使したライブを行っているブライアンが、単純な仕掛けの撮影に夢中になっているのが微笑ましい。いかにも素人らしい仕上がりの立体写真だが、バンドの中の人であるブライアンのレンズの前でフレディ、ロジャー、ジョン、あるいはスタッフたちは無防備な姿をさらしている。ブライアンの添える文章の大半は、素直な思い出話だ。たわいないエピソードも多い。そのリラックスした雰囲気が、タイムスリップして過去のクイーンのツアーに同行しているような錯覚を読者にもたらす。ファンにはなんとも楽しい内容だ。それだけに闘病中のフレディについて触れた部分には、胸が痛む。

『クイーン 華麗なる世界』日本語増補改訂版

 今後もクイーンのミュージカル『ウィ・ウィル・ロック・ユー』の出演俳優たちがオーケストラをバックにバンドの名曲を歌うコンサート「クイーン シンフォニック」、フレディの生涯をテーマにクイーンの音楽で振りつけられたモーリス・ベジャール作のバレエ『BALLET FOR LIFE』など、クイーンを題材にした公演が控えている。書籍に関しても、クイーン・ヒストリーを豊富な写真とともに追った豪華本、フィル・サトクリフ『クイーン 華麗なる世界』の日本語増補改訂版が間もなく発売されるのだ。様々な形で彼らは、語り継がれている。クイーン熱は、まだしばらく収まりそうにない。

■円堂都司昭
文芸・音楽評論家。著書に『エンタメ小説進化論』(講談社)、『ディズニーの隣の風景』(原書房)、『ソーシャル化する音楽』(青土社)など。

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