『第0巻』が異例の50万部突破で再注目 『ドラえもん』の漫画的手法に見る、手塚治虫からの影響

『ドラえもん』の漫画的技法に迫る

藤子・F・不二雄が手塚治虫から受け継いだものとは?

 ではFが手塚治虫から受け継いだのは何かといえば、それはたぶん、シルエットだけでも誰だかわかるような記号的なキャラクター造形と、高度なSF的アイデアを子供にも理解できるエンターテインメントに落とし込むストーリーテリング能力だ。このふたつもまた「漫画のわかりやすさ」に通じる要素であり、特に後者については、のちにFが提唱する「すこしふしぎ」という独自のSF定義にもつながっていく。

 また、メインのキャラクターの配置についてもわかりやすさを重視しており、ご存じのようにFが好んで描いたのは、さえない男の子、美少女、ガキ大将、金持ちの嫌味な息子、優等生という、どこにでもあるような現実社会の縮図であった。そしてその中にドラえもんのようなトリックスターを放り込むことで、物語が動きはじめる。

 トリックスターとは日常と非日常をつなぎ、いまある世界をリセットして、新しい世界を創造するきっかけを与えてくれる存在のことだが、ドラえもんもまたのび太の「未来」を変えるために現代へやってきたロボットだった。そう、この「未来は変えられる」という本作で繰り返し描かれているテーマこそが、藤子・F・不二雄が『ドラえもん』という作品で子供たちにわかりやすく伝えようとした最大のメッセージであった。

 だから(一般的な少年漫画のポリシーに反して)本編ののび太がいつまで経っても成長しないのは正解である。なぜならトリックスターのドラえもんとともに彼が成長=未来を変えてしまったら、物語は終了し、その大事なメッセージを次の世代の子供たちに伝えることができなくなってしまうから(それは、のび太が成長してしまったてんとう虫コミックス版第6巻収録の「さようなら、ドラえもん」が事実上の最終回だったことからもわかる)。

 「こんな時にドラえもんがいてくれたらなあ」とは日本の子供なら誰でも一度は真剣に願うことかもしれないが、そんな都合のいいものがこの世に存在するはずはないと人は大人になるにつれだんだん理解していく。でも、子供の頃に藤子・F・不二雄によって刻み込まれた「未来は変えられる」という教えは一生ものだ。それでいいじゃないか。

■島田一志
1969年生まれ。ライター、編集者。『ヤングサンデー』編集部を経て、『九龍』元編集長。近年では小学館の『漫画家本』シリーズを企画。著書・共著に『ワルの漫画術』『漫画家、映画を語る。』『マンガの現在地!』などがある。

■書籍情報
『ドラえもん 第0巻』
藤子・F・不二雄 著
価格:700円+税
出版社:小学館
公式サイト

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