夢に挫折した女性たちがスケートボードで取り戻したい景色とは? 山崎まどかが漫画『スケッチー』をレビュー
しかし、今度の少女は憧子を直接は導いてくれない。スケートボードは自分でキックしないと、前に進まないのだ。やがて仲間になるだろう他の二人の女性も、憧子と同じく自分を見失っている。夢に挫折した彼女たちは、誰もが分かりやすい属性の持ち主でないために、コミュニティがなくて孤独だ。スケボー少年たちの栄光と挫折を描いた『ロード・オブ・ドッグタウン』を見て、不倫で文芸編集部のポストを失った竹花嬢は友情に涙を流すが、これが女子ボーダーのクルーたちの連帯を描いた『スケート・キッチン』だったら、嗚咽どころでは済まなかったかもしれない。憧子の勤めるレンタル店でアルバイトする小日向しほがインスタグラムで女子ボーダーに魅せられる描写も、ボーダーたちがインスタグラムのフォローやタグ付けを通して知り合い、絆を深めていく『スケート・キッチン』を思わせる。SNS上の付き合いはこの場合それだけで終わらず、肉体を伴い、それぞれ一人で戦っている女性たちが直に触れ合う機会を連れてくるはずだ。
それでも、ボーダーたちのコミュニティも、カルチャーも、彼女たちにはまだまだ遠い。“なにも恐れない精神とバランス感覚、そして12歳であること”を学び直さないといけない。そこで初心者用のスクールという地味だけど、着実な道を選ぶ。初心者用の教室は誰にとっても、みっともない失敗が許される空間だ。きっと、何度も転ぶ。痛みや恥ずかしさを覚える経験もするはず。でもボードに乗ってよろよろと走り出した先には、あの頃に見えたはずの風景や、まだ見たことのない景色が広がっているはず。そんな予感を含んだ『スケッチー』の物語の始まりだった。
■山崎まどか
コラムニスト。近著に『優雅な読書が最高の復讐である』『映画の感傷』(共にDUブックス)
■書籍情報
『スケッチー』
定価:本体640円+税
マキ ヒロチ 著
出版社:講談社
公式サイト