K-1三冠王者・武尊が語る、『グラップラー刃牙』の魅力と力士との戦い方 「“喧嘩”は力士がいちばん強い」
1979年、日本の格闘ジャーナリズムの歴史に残る名著が出版された。実践空手・極真会館会長、大山倍達が著した『大山カラテ もし戦わば』。本書は大山がボクサーやレスラー、果てはライオンやゴリラと「もし戦ったら」という、全格闘技ファンの幻想に真正面から向き合ったものだ。そして91年、新たにマンガというフォーマットでその幻想に向き合った作品が発表された。板垣恵介による『グラップラー刃牙』。シリーズを通して、格闘技実践者をも虜にし続ける超人気マンガ。その最新シリーズ『バキ道』では、力士の強さに迫り、漫画界・格闘技界問わず話題を呼んでいる。今回はそんな「刃牙シリーズ」の虜となった格闘家のひとり、K-1 三冠王者・武尊が「刃牙シリーズ」の魅力を語り、現チャンピオンとして「もし力士と戦わば」の問いに答える。[最後にプレゼント企画あり](編集部)
刃牙で語られていることは本物(リアル)
――武尊さんは「刃牙シリーズ」をいつ頃から読んでいたんですか?
武尊:高校生くらいのときですね。
――武尊さんがいちばん面白いと思うのはどういうところでしょう。
武尊:刃牙はリアルですよね。それまで僕が読んできた戦う漫画は、ドラゴンボール=かめはめ波みたいな世界観が多かったんです。でも、刃牙は格闘技の理論的なところが勉強になり、板垣先生に格闘技の知識があった上で描いているというのがわかります。実際に格闘技をやっている選手でも、共感できる部分がたくさんあるんですよ。それに「あ、こういうのもあるんだ!?」と、技などを試してみたくなる面白さがありますよね。
――実は以前に堀口恭司選手も同じことを言っていました。板垣先生が描くパンチが本当に効いている、痛いパンチの打ち方なので参考にしていたと。先生自身もその表現についてはすごくこだわりを持って描かれているとのことでした。
武尊:やっぱり堀口選手もそうなんですね。
――そんな「刃牙シリーズ」には多くの人間離れしたキャラクターが出てきますが、武尊さんが個人的に好きなキャラクターは誰でしょうか?
武尊:いちばん好きなのは地上最強の生物、範馬勇次郎ですね。自分も最強を目指しているので、憧れがあります。それで一時期ずっと背中を鍛えていたことがあるんですよ。ヒッティングマッスルといって、パンチ力を上げるのは背中だと。ものすごく鍛えて、勇次郎のように背中に鬼が出るまで頑張ろうと思っていたら、本当にだんだん鬼っぽくなってきて(笑)。
――もろに影響受けていますね(笑)。
武尊:それもあって、僕のいちばん自慢したい筋肉は背中なんです。それでよく背中の写真をインスタにあげています。「#範馬勇次郎」と付けて(笑)。意識して背中を鍛えるのをやめてからも、パンチを打っているとどんどん背中がデカくなっていくんですよ。だからやっぱりパンチで使うのは背中の筋肉なんだなと。これも刃牙から学んだ知識です。自らの身体で実証しました。
――あれは本当だったんですね!
武尊:もうひとつ正しいといえば、最近流行っているパルクールで、すごく高いところから飛び降りて、くるりと前転して着地するじゃないですか? あれを見たときも「勇次郎がやっていたアレだ!」と思ったんですよ。やっぱり刃牙で出てくるものは本当だったんだって。
――パラシュート降下の際の5点着地ですね。そうすると武尊さんのなかで少なくとも、2つは実証されていると。
武尊:あと僕のジムで代々言われてきているのが「強くなりたかったら食え!」ということで、“食トレ”と言って刃牙が夜叉猿と戦う前にたくさん食べていたように、吐くくらいまで食べるというのを実践しています。未だに若手はやっていますよ。というか僕がやらせています(笑)。Abema TVの『格闘代理戦争』でもやっています。あれも完全に刃牙の影響ですね。
――そんな影響を受けた勇次郎の戦いも含めて、刃牙シリーズでは数えきれないほどの試合、戦いが描かれてきています。武尊選手のベストバウトを教えてください。
武尊:変わった戦いもありますからね、カマキリと戦ったり……。ひとつ選ぶとしたら、刃牙とガイアの戦い。ガイアが人格も含めてヤバすぎて、刃牙もこいつには負けるんじゃないかと思って怖かったですね。読んでいてすごく緊張しました。そのあと死刑囚編で再登場してきたときも強かったけど、最初の方が「怖さ」はありました。あとはやっぱり刃牙と勇次郎の戦いは痺れますよね。最後は味噌汁で終わるという、あの意味のわからなさもいいですよね(笑)。
――ガイアを挙げてくるとは、なかなか通好みなチョイスです。
武尊:あと暴走族の柴千春の戦い。地下トーナメントの初戦で折られた自分の腕を、もう1回折るという。あれも痺れました。自分と似ているところがあるというか、自分も以前にトーナメント準々決勝で足を折って、準決勝で拳を骨折して決勝にいったことがあって。そのときハイになって、折れた足と拳をガンガン使ったんです。折ったところがグチャグチャになっていく感覚を楽しんいでるというか。そのときに「あぁ俺、柴千春だー!」と思ってました(笑)。
もし力士と戦わば
――最新シリーズ『バキ道』では「力士」と戦うことが主軸となっています。そこで「もし、武尊が力士と戦わば」というテーマでインタビューさせていただきたいのですが、まずは武尊さんの相撲という格闘技にどのようなイメージを抱いているか、聞かせてください。
武尊:正直に言うと……最初はただ太っている人というイメージでした。ですが、実際に稽古場に見に行くと、あの大きさであれだけの動きができるというのは相当、身体能力が高いんだなというのを感じました。そして頭突きがあって、張り手もある。押し合っている印象は強いけど最初の打撃戦、ファーストインパクトで決まっている取り組みが多い。それこそ「打撃格闘技」だなという印象に変わりました。それもあり、相撲の人が格闘技に参戦するのは意外と面白いなと思っていました。押し合う動き、崩す動き、引く力。全部相撲に集約されています。あのパワーと身体能力、体幹やバランスを見ても、“喧嘩”は力士がいちばん強いんじゃないかと思います。
――喧嘩といえば最近RIZINで話題の朝倉未来選手は、小さい頃相撲をやっていた影響で、腰が強くなったと言っていました。
武尊:総合で負けるのはテイクダウンされて、寝かされてやられるというパターンもありますからね。そこで崩されないのは強いと思います。
――それは大きいですよね。ちなみに武尊選手はそんな力士とどうやって戦うのか、イメージしたことはありますか?
武尊:一時期、K-1に曙選手とかが出られていたときとかは、ものすごく考えていました。僕自身、力士ではないですがボブ・サップ選手と闘いたいとずっと言っていたので、そういう大きい選手とやるときにどうしたらいいのかは意識していました。相撲の選手、例えば曙選手の場合だったらパワーがあるけど、捕まえられない試合が多かったので、それなら走ればいいのかなと。動き回って相手がやる気なくなるくらい走って背後に回り、ローキックで攻めまくる。それで相手が嫌になったときに、ジャンプして顔面にパンチを打ち込めばいけるかなとイメージしていました。
――なるほど。実はその戦法、ヒクソン・グレイシーの戦法にすごく近いです。ヒクソンは力士と戦うとしたらと問われた際に「路上想定でずっと逃げ回って、相手が疲れたところで崩して首を締める」と言っていました。
武尊:そういう戦法だと、力士と戦うならリングじゃなくてストリートのほうが有利ですね。リングだとコーナーにつめられたら逃げ場がなくなるので。同じリングでも、オクタゴンの方が逃げやすいです。
――「足を使えるか」が鍵ということですね。今は曙選手、言ってみれば相撲を引退したあとの”元”力士との戦いを想定していましたが、現役力士と戦ったらどうでしょう?
武尊:基本戦法は変わらないですね。力士は蹴りの防御がないので、それこそローキックや空手の関節蹴りだったり、慣れていない攻撃を狙って行こうかなと。力士は身体が大きいから、膝にも負担がかかっていると思うので、足元はチャンスかなと思います。それで足に意識を集中させておいて、顔面。人間は見えていない攻撃ってすごく効くんですよ。下に集中させておいて上を狙う。これは普段の僕のファイトスタイルでもあります。
――キッチリとした理詰めの戦法ではありますが……。正直な話、武尊選手の打撃はどれくらいの大きさの力士まで効かせることができますか? あの規格外の肉体、フィジカルにどこまでダメージを与えられるでしょうか?
武尊:そのこともずっと考えていました。でも人間の身体の構造はみんな同じなので、脳さえ揺らすことができれば、身体の大きさに関係なく倒すことができるんです。特にカウンターを狙えば相手の重さを利用できるので、相手が大きいほどこちらがパーンと当てたら一発でストーンと落ちると思います。
――当てればいけると。では万が一、ふとした拍子に力士に捕まってしまったら、そのあとはどのように対応しますか?
武尊:もしルールなしのストリートならば、目突き、金的、空手の禁じ手を出します(笑)。
――折れても殴り続けるとか金的とか、発想が完全に初期アルティメットですね(笑)。
武尊:僕の空手の先生はそういう技を教えてくれる人でした。先生は「空手の試合に勝つためにお前らに教えているんじゃない。お前らは大切な人を守るために空手を学ぶんだ!」と言って、実戦の動きを教えてくれました。もし、不審者がきたときにどうやって倒すか、またどうやって逃げるか。そのための目突きや金的などを……。
――先生はものすごく素晴らしいことを仰っていますが、それが目突き・金的なんですね(笑)。ちなみに目突きはマンガ『空手バカ一代』で、大山先生は3本指の目突きをしていました。真ん中の指を鼻筋に這わせると、確実に両眼を突けるというやつですが、それですか?
武尊:僕の先生は全部使えって言っていました。全部使えばどれかが入ると(笑)。
――どれか入る! その話を聞いていても、やはり力士に捕まったら、なりふり構っていられないというところですかね。
武尊:それしか勝ち目がないです。相手はすべてに関して上回っているので、すぐ効かせられる部分、鍛えようのない部分を攻めるしかないです。