『鬼滅の刃』のルーツは『ジョジョ』にあり? 最凶最悪の悪役・鬼無辻無惨という発明
何よりそれは、本作の大ボス・鬼無辻無惨の描写に強く現れている。『ジョジョ』に登場するディオ・ブランドーやカーズといった悪役はものすごく邪悪で強いのだが同時に卑怯で姑息、仲間をも平気で切り捨て、生き残るためなら平気で見苦しい醜態をさらす。このような徹底した悪役は、善悪を相対的に描くことが多い日本の少年漫画では、珍しいタイプだが、無惨は久々に登場した名悪役だと言える。
何より彼が面白いのは世界征服のような壮大な目的があるわけではなく、生き延びることしか考えていないことだ。そのためなら他人がどうなろうと構わないと思っており、ある人物から「生き汚い」とまで、言われてしまう。何より酷かったのが「私に殺されることは大災に遇ったのと同じだと思え」と炭治郎たちに言う場面。
この台詞は、無惨が、怪獣映画の『シン・ゴジラ』と同じ、東日本大震災とその影響で起きた原発事故の衝撃から生み出された悪役であることを現しているが、同時に「自分は災害と同じ」だと言ってしまえる無惨の傲慢さも描いていると言えるだろう。
無惨が面白いのは天災の象徴でありながら、彼自身はとても卑屈で卑小な存在だということだ。無惨はただ生き延びたいだけで、そのためなら何でもやる。妹のために健気に戦う品行方正な炭治郎とは真逆である。
SNSには無惨に対する批判の声が多数挙がっている。それがどこか愛情の裏返しに見えるのは、エゴイスティックな無惨こそが、もっとも人間らしく見える瞬間が何度もあるからだ。
バトル漫画における悪役は物語の華で、魅力的な悪役を生み出した作品は歴史に残る傑作となる。無惨という最凶最悪の悪役の発明こそが、この時代に『鬼滅の刃』がヒットした最大の勝因だろう。
■成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。