巻き込まれ体質の暗殺者が孤立無援で暴れまわる! 『暗殺者グレイマン』シリーズの面白さ

 まるでハリウッド映画のような小説というのが、世の中には存在する。銃撃戦にカーチェイス、殴り合いと諜報戦……そんな要素山盛りの、読むアクション映画のような物語。そんな作品の中でも、近年シリーズを重ねている人気作が「暗殺者グレイマン」シリーズである。

 タイトルの通り、このシリーズの主役は「グレイマン(目立たない男)」のあだ名で呼ばれる凄腕のアメリカ人独行工作員、コート・ジェントリー。取り立てて背も高くなければ人目をひく容貌でもなく、見た人間に印象をほとんど残さないルックスと技術を持つが、実は世界有数の戦闘テクニックを身につけた工作員である。もともとはCIAの準軍事部門に所属し、世界各地で合法非合法を問わない秘密任務に就いていた。

 しかし、とある原因でアメリカ政府公認のお尋ね者となり、グレイマンさんはかつての仲間たちに命を狙われることに。CIAを追われて以降はフリーの暗殺者として自らの信義が許した場合のみ仕事をしていたが、ナイジェリアの大臣を暗殺したところその兄の大統領が報復を決断。世界各地の暗殺チームがヨーロッパに集結し、グレイマンをターゲットに殺し屋オリンピックを開催するという前代未聞の事件を起こす。これがグレイマンのデビュー作、2009年に発表された『暗殺者グレイマン』の筋立てだ。

 その後グレイマンさんは世界各地を転戦し、追跡者を撃退しながらついに自らがアメリカから追われた原因を突き止め(ちなみにここまでで単行本5巻ぶんほどの時間が経過している)、かつての古巣であるCIAの作戦本部本部長であるマット・ハンリーの元で再び仕事をするようになる。最初の単行本である『暗殺者グレイマン』を含め現在までに全8巻、2作目以降はいずれも『暗殺者の〇〇』というタイトルなのが、なんとなく沈黙シリーズを思い出させるものがある。

マーク・グリーニー『暗殺者の追跡(上)』(ハヤカワ文庫NV)

 その最新刊が、しばらく前に発売された『暗殺者の追跡』である。今回は仕事での移動中にイギリスの空港での拉致事件に巻き込まれたグレイマンさんが、謎の資産家のたくらむ巨大な陰謀に立ち向かう。毎度毎度、いろんなことに巻き込まれる人である。

 というか、グレイマンシリーズの大きな特徴が、この主人公グレイマンさんの巻き込まれ体質である。グレイマンさんは驚異的な近接戦闘技術や射撃技術を備え、さらに諜報技術にも精通。戦闘と諜報と潜入のプロであり、ひとたび戦闘になればめちゃくちゃなアドリブを駆使してたった一人で戦況をひっくり返す。以前グレイマンさんが厨房に追い詰められた時、サブマシンガンの弾倉をフライヤーに放り込んで爆発させ、追っ手から逃げ切った時は「なんちゅう奴や……」と言葉を失った。

 しかし、グレイマンさんはただ単なる殺人マシンではない。というか、けっこうお人好しで人情派なのである。困っている人を見ると放っておけず、絶対に面倒なことになるのがわかっているのに助けに行ったり仕事を引き受けてしまったりする。グレイマンさんが「クソッ!クソッ!」と悪態をつきながら面倒ごとに首を突っ込み、その結果例によってズタボロになりながら必死で頑張るというのが、このシリーズ毎回のお楽しみである。グレイマンさんが悪態をつきながらサービス精神を発揮する場面に差し掛かると、「よッ! 待ってました!」と声をかけたくなる。

 更に言えば、グレイマンさんが単純な無敵の男ではないというパワーバランスが絶妙だ。グレイマンさんは大概1人で行動し、しかもだいたいいつもすぐに支援が届かない状態で多勢を相手に奮闘する。基本的に孤立無援である。なので、毎回ページが進むごとにボロボロに負傷する。主人公だし、まあ死ぬことはないのはわかっている。それでも今度こそ負けるんじゃないか、グレイマン……と、ちゃんとハラハラさせてくれるのがグレイマンシリーズの凄いところだろう。

 ちなみに、『暗殺者グレイマン』でグレイマンさんが不眠不休のバトルでヘトヘトに疲れた時に、「とにかくカフェインとブドウ糖だ!」と言ってそのふたつを摂取するシーンがあった。おれも徹夜仕事で2日ほどロクに寝られず朦朧としていた時に、グレイマンさんを真似てブラックコーヒーをガブ飲みしながら森永のラムネを1瓶まるごとボリボリ食べてみたことがある。あれは効いた。食った瞬間に首の後ろがビリビリと痺れたようになり、一気に元気が出たので逆にビビった記憶がある。エナジードリンクでも効かないくらいくたびれた時、試してみてほしい。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「小説」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる