「石井恵梨子のライブハウス直送」Vol.6:天使か悪魔か――次世代のカリスマの誕生、moreruがステージで繰り広げた40分間の衝撃

2025年3月11日、平日だというのに渋谷サイクロンは満員だった。黒のバンドTシャツを着用する人々が大半で、ゴスロリ風の若い女性、コスプレっぽい姿の外国人も目立つ。ハードコア/メタルを出自としつつ、アニソン、ゲーム、漫画など、日本サブカルチャー愛を爆発させている米国テキサスのバンド、OMERTAのジャパンツアー初日である。
演奏中のフロアは当然のようにモッシュの嵐となるが、終演後はアルコール片手にミート&グリード……ではなく、どこかから持ち込まれたベイブレードの大合戦が始まるのだから笑ってしまう。「スリー、ツー、ワン、Goシューッ!」の掛け声はもはや世界共通。極東のアニメと、現代版ベーゴマが、地下のライブハウスで混ざり合う。まさか一緒になるとは思っていなかったものたちがインターネットを経由して超然と“アリ”になる時代だ。
彼らを招聘したmoreruもインターネットから生まれた。夢咲みちる(Vo)とDex(Dr)がSNSで出会ってバンドを結成したのが2018年。コジマアツヲ(Gt)、taga(Ba)、石肉(Gt)、岩本雪斗(Noise)と現メンバーが揃ったのが2023年のことで、同年には3rdアルバム『呪詛告白初恋そして世界』を、2024年末にはEP『闇の軽音楽で包丁を弾く』をリリースしている。これら作品タイトルを見ただけで、ヤバい匂い、というか厨二病のスメルがぷんぷん漂ってくるのだが、さて実際のライブはどうなのか。これはOMERTA登場の1時間前、moreruが見せた40分間のステージの記録である。

暗転。激渋のフォークソングをSEに登場するメンバーに明確なまとまりは見出せない。サンプラーの前に立つ岩本は唯一の女性だが、フロントのみちるもかなり細身でさらさらの長髪だから、そのシルエットは小柄な女の子にも見える。ステージに仁王立ちして鍛えた腕を振り上げる、みたいなマッチョイズムのなさにも驚いた。もちろん音楽性はハードコアが主体、一曲目からブラストビートと絶叫が炸裂するのだが、あえて擬音化してみれば、その声は「ヴォォォォ!」ではなく「キャャァァ!」に近い。タフガイの咆哮とはまったく違う阿鼻叫喚。断片的に聴こえてくる歌詞は〈せかいぢゅうのぜんいんをぶちころしたいぃいいい……〉だ。

「バンドに楽しさはないです。苦行で、ツラくて、やめれるなら今すぐやめたい」とみちるが言う。チームの連帯が必要だから営みを部活動に喩えるバンドマンは多いが、彼に言わせれば「運動部じゃない。帰宅部が必死で頑張ってる。早く家に帰りたくて、なぜか帰宅部が陸上部より速く走ってる。とにかく家に一直線!」というのがmoreruになる。
言い得て妙かもしれない。moreruの音には寄り道の余裕がない。ズバババーッと爆音に痺れたあと一瞬で無音になり、またすぐ無我夢中の爆音に飛び込んでいく。楽曲を「各演奏の連なり」ではなく「爆発する一瞬の集合体」として捉えているような感覚。高速ビートが、ギターとベースのリフが、サンプラーから放たれるノイズが、それぞれ一瞬で爆発しながらパッパと散っていく。そのスピード感が凄まじい。全員がマイクに噛み付く勢いで絶叫するシーンもあるのだが、頼もしい一体感はあまり感じられず、それぞれが狂おしく散りゆくばかり。〈ぶちころしたいいぃ〉と歌いながら、その殺意は浄化のカタルシスに向かったりもしないのだ。ただ、目の前で「これ、何が起きてんだ?」という大爆発だけが繰り返されている。

ゴン。みちるが自らの額をマイクで殴りつける鈍い音が響く。怒りの表現か自虐の表現なのか。よく見ればうっとり笑っている姿に脳がバグる。さらに次の曲はギターではなくサンプラーから始まるもので、オルゴールのようなトラックに乗って、童謡、もしくは大昔のアニソンくらいわかりやすいメロディを歌い上げる彼がいる。異様な切実さは何だろう。〈ゆうやけこやけ〉だの〈夏の終わり〉だの、泣けるほどメランコリックな歌詞が胸を打つ。このままじゃ琴線や涙腺がほどけてしまう……と思った瞬間、またすぐ絶叫とブラストビートが無慈悲に頬を張り飛ばすのである。何なの。こいつら天使か悪魔か。
「全員ぶち殺したいって思う精神状態は確実に存在するので。そういう時に曲を作ってる。だからメッセージはそういうものになる。でも、ライブは人を楽しませるためにあるから」と、みちる。では殺意なのか厚意なのかと言えば答えはどちらでもなく、「究極を言うと自己愛ですよ。自分のことをみんなに知ってほしい。そのいちばん原始的な感情でやってるんじゃないかな。『俺だよ! 無視しないで!』って言いたい場所。それがライブになってると思う」。

マッチョイズムのカケラもない人たちが無茶苦茶に放つ暴力衝動。もしくはメンヘラかと片付けていたクソの塊が突然胸ぐらを掴んでくるセンチメンタル。いきなりすごい世界に巻き込まれた、という実感があった。フロアのモッシュピットに暴力の匂いはない。いや、これはモッシュというより、理解できない幸福感をなんとか表そうとする人たちの原始的な踊り、なのかもしれない。