「石井恵梨子のライブハウス直送」Vol.2:SPOILMANの轟音は観客を置き去りにしない ラスト1秒まで必見のスリル

「石井恵梨子のライブハウス直送」Vol.2

 6月26日、平日の新宿LOFTのバーラウンジ。“新宿LOFT歌舞伎町移転25周年記念×Night On the Planet 17周年”と銘打った『濃縮GIG2』に出演していたのはDMBQとthe hatchだった。我が道を行くオルタナティブロックの新旧代表だが、ここにオープニングアクトとして抜擢されたバンドがいる。SPOILMAN。開始早々に上半身裸になっているドラムはタナベ。淡々とベースをいじっているのはホサカ。そして、革靴、スーツ、ネクタイ姿でステージに登場するのがボーカル&ギターのカシマである。

カシマ

 スーツのバンド、と書けばTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTみたいなイメージなのだろうが、だいぶ違う。後方が半裸、隣が普通のTシャツなので、ひとりスーツのカシマは開始ギリギリで駆けつけたサラリーマンのようにも見える。ただ、照れる様子もなく服装に言及するでもなく、いきなり耳をつんざく轟音が始まるのだ。日常から切り離された強烈なディストーション。音量に負けない絶叫が次々と襲いかかってくるから、こうなると、テレビで見かける「新橋のリーマン」のコスプレだろうかと思えてくる。さて、実際のところは。

「3年くらい前にちょっとお金稼ごうと思って、営業職に就いて、貯金はたいて高いスーツ買ったんです。俺ならやれると思ってたんですけど、あまりに過酷で2日で辞めちゃって。かなり高いスーツだったけどもう着る機会もないから。元を取るために、着てます」(カシマ/以下同)

 本気か冗談かわからない。この言葉がカシマにはよく似合う。よく見れば彼の目の焦点は観客のいるフロアに合っておらず、客席の頭上の向こうにある何かを一心に見つめている。うめくような呟き、そこから一転して熱血教師の大説教みたいな喚き声が続き、しまいには身をよじっての大絶叫。それなのに間奏時には両手をひらひらさせて踊り、たまに半笑いで首を傾げていたりするから、明らかに様子がおかしい。これは笑っていいのかいけないのか。クエスチョンの前で我々は呆気に取られるしかない。

 ただ、観客を置き去りにする音ではないのだ。ノイジーな轟音、たまに挟まれる変拍子などは、90年代USオルタナティブの中でも特に変態性が強かったThe Jesus Lizardを思わせるもの。懐古主義でも何でもなく「世界で一番好きだから」このチョイスになったという。それでもタナベが常に全力、スネアが破けるのではと不安になるくらいドラムをぶっ叩き続けているため、余裕の焦らしやタメが生まれる余白がない。いついかなる時も煽りまくる彼のドラムが、実際のテンポ以上のスリルやスピード感を与えているのだ。見渡せば、頭をガンガン揺らしまくっている観客がなんとも多い。

 様子のおかしいシンガー。半裸で煽り狂うドラム。2人に挟まれ、驚くほど平熱を保っているのがベースのホサカだ。もちろん演奏にバラつきはなく、暴走寸前のドラムを冷静に諌め、歌心のあるベースラインでグルーヴを作っていく手腕も見事。ただ、パッと見た印象が三者三様すぎる。あまり表情を崩さないホサカがいることで、必死の形相で叫んでいるカシマや、野生児のように動き続けるタナベの異様さが引き立つと言ってもいい。3人とも、僕らこんなにもユニークでしょう? と狙っている様子がないのがさらにいいのだ。

タナベ

 実はホサカは二代目ベーシスト。2019年夏に動き出したSPOILMANは、始動後すぐコロナ禍に捕まった不運なバンドでもある。ライブができないから曲を作るしかないと、2020年、2021年、2022年は年に1枚のペースでアルバムを発表してきた。3枚作ったところで初代ベーシストが抜け、コンタクトを取ってきたホサカとスタジオに入ってみれば相性は抜群。「嬉しすぎて毎週のようにスタジオに入りまくった」結果、昨年は年に3枚(!)のリリースラッシュとなった。曲ってそんな簡単にできるものなのか、と思う。

ホサカ

「生活してると、仕事とか家事とか人間関係とか、いろいろあるじゃないですか。その中で一番簡単にできるやつが曲だった。一番ラク。逃げ道です。メシ作ったり洗濯したり公共料金払ったり、そういうのが下手くそすぎて自分のことが嫌になるんですけど、曲は一番簡単にできる」

 真顔でカシマが言う。不協和音とディストーションと英語の歌で構成される彼の曲には、不朽のメッセージとか熱苦しい自分語りが感じられない。少なくとも、あるようには聴こえてこない。もう少し、どうでもいいガラクタに近いもの。それでも人を不快にさせるゴミとは違うもの。できるなら今までありそうでなかったユーモアを備えたもの。そういうセンスの問題だろう。バンドの音には昔のオルタナに固執する古さが感じられない。

「友達のバンドも有名なミュージシャンも同じようにいっぱい聴いて。もしかしたら、自分がまだ聴けない、聴きたいものを作ってるのかもしれないです」

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