「石井恵梨子のライブハウス直送」Vol.5:SEMENTOSが鳴らす一生やめない音楽 バンドマン兼店長の信念「好きなものは絶やしたくない」
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2024年の後半に激渋のロックアルバムが登場したことは、残念ながらメディアではあまり話題になっていない。ただ、ライブハウスのバンドたちは我がことのように喜び、その飛躍を眩しそうに語っている。
ツアーの折り返し地点となる12月14日、Yokohama B.B.streetもそうだった。ゲストに登場した若手のyubioriは「これからも彼の背中を追いかけていく」と語り、いまや世界が注目する存在となったMASS OF THE FERMENTING DREGSも「今年最後のライブを彼と一緒にやれるのが嬉しい」と笑顔を見せる。彼、と呼ばれるのは藤村JAPAN。藤村が率いる3人組ロックバンドがSEMENTOSである。
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藤村JAPANは新宿Nine Spicesの店長でもある。老舗のロフトや2023年誕生したZepp Shinjukuがあるのは歌舞伎町エリアだが、そこからだいぶ離れた歌舞伎町の端にあるNine Spicesは、王道からはみ出していく傍流の受け皿としてのハコに育っていった。夜な夜な入り混じるのはエモやジャンク、もしくは名前のつけようがないオルタナティヴ集団。そんな場所で店長を続けてきた藤村は、「社会人として普通に働いて家族もある、それでもかっこいい音楽をやってる先輩をいっぱい見てきた。自分もやろうと思えばできるんじゃないか」と感じて2014年にSEMENTOSを結成。20代の時に続けたバンドは焦りの中で空中分解していたから、もうセールスのことなどは考えず、ただ一生やめない音楽を、純粋に自分が納得できるバンドをやろうと考えていた。
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最初は「遅れてきた青春」と言える音楽性だった。それまでギター担当だった藤村は、ありそうでなかったギターリフの構築、さらに自分の思考を言葉にする作業に夢中になる。結果的に生まれたのは内省的な日本語詞を叫ぶように歌うスタイルで、eastern youthと比較されることも多数。歌い手がスキンヘッドという見た目も大きいだろう。まずはストイックなエモバンド、時にはおっかない遅咲き中年バンドと受け止められたようだ。
「ライブハウス店長だから勝手なイメージで怖い人って思われるんですけど(笑)。そんなつもりはないです。ただ、自分で歌うのが初めてだったこともあるし、歌う内容は自分自身のことが多かったですね。20代後半にすごく衝撃を受けた本があって、ひとつはヘルマン・ヘッセの『シッダールタ』。あとはトルストイの『人はなんで生きるか』。そういう本に強く影響を受けて、常に『自分はどうなのか?』って問い続けてきたところはあります」
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変化が起きたのは近年だ。疾走感よりもどっしりと落ち着いた曲がほしくなった。エモやパンクの熱量だけでなく、ミニマル・ミュージックやポストハードコアの抑制的なムードに興味が出てきた。幸いなことに(と言えるかどうかわからないが)、SEMENTOSの正式メンバーは藤村ひとり。ベースとドラムはサポートである。日々のブッキングで多数のバンドを見ている藤村は、これはと思うプレイヤーとわりと容易に知り合うことができる。2019年以降はベースにばばばびおが、2022年からはドラムに髙石晃太郎が参加。この布陣で作り上げたのが、傑作2ndフルアルバム『文読む月日』となる。
本題、Yokohama B.B.streetのライブの話だ。アルバムと同じく「けもの道」から始まるステージは、ミドルテンポの楽曲がどれも絶品である。ベースのばばが大きく足を開き腰を落としているのが象徴的だが、とにかく重心が低い。じっくり引きつける骨太なアンサンブル。間合いを取りながら空間を作り、次の瞬間、重く鋭い3人の音が閃光のように爆ぜていく。いくつかの曲でばばもコーラスを取り、ポストハードコア楽曲「百鬼夜行」では髙石もボーカルを担当するから、主役が藤村でふたりはお手伝いという関係性ではない。現在の3人編成になり、SEMENTOSの楽曲は一気に幅が広がっている。
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中盤の「歯車」もかなり面白い曲だ。爪弾かれるギターは軽やかだが、うねるベースがやけに不穏。ハイハットを刻み続けるドラムも、何かが近づいてくる予感に満ちている。わかりやすい感情の爆発はない。何かが起きそうで起きない、じりじりと焦れたまま結論が出ない。そんな表現は今までになかったものだ。
「コロナ禍が大きかったですね。ライブハウスはめちゃくちゃ大変な時期でしたし、周りの人、世の中に、本当にそれでいいのかって問いたい気持ちが生まれてきて。それまでは自分のことが中心だったけど、人にもっと問いたい、もっと向き合いたい気持ちが歌になってると思います」