連載『lit!』第112回:ミーガン・ザ・スタリオン、Headie One、42 Dugg……土地性が表れた力強いヒップホップ
拡大、融合、実験、成熟。ヒップホップほど土地性が顕著に出るジャンルはないかもしれない。各々が独自にサブジャンルと言われるものを発展させ、土台を敷きながら、興味深い動きを見せてきた。今回紹介する新譜5枚は、いずれもサウンドや文脈において土地性を感じさせる、力強いアルバムである。
ミーガン・ザ・スタリオン『MEGAN』
テキサス出身のラッパー ミーガン・ザ・スタリオンによる3rdアルバム。前作『Traumazine』(2022年)が全編通して自らの母親の死と向き合った、コンセプチュアルで内省的な作品だったのに対し、本作は自らの趣味性をふんだんに盛り込んだ、アグレッシブさと遊び心溢れる作品になっている。やはり話題は「Otaku Hot Girl」における彼女のアニメ愛や、「Mamushi (feat. Yuki Chiba)」における千葉雄喜の参加だが、作品全体を通してサウスラップの伝統を受け継ぎ、強固に打ち出しているところは変わらず特筆すべき点だろう。ジャケット写真や「BOA」「Cobra」という曲名からも明らかな蛇のモチーフが印象的だが、サウスラップを軸に、多様なトラックを乗りこなしていくミーガンのラップは、まさに蛇行しているかのよう。ハードな「Rattle」、煌びやかなシンセが鳴る「B.A.S. (feat. Kyle Richh)」や「Down Stairs DJ」、バウンシーな「Miami Blue (feat. Big K.R.I.T. & Buddah Bless)」、ソウルフルな「Spin (feat. Victoria Monét)」「Moody Girl」……。リリックの話題も、内省的な孤独についてのシリアスな話から性的な小話、今年初めに話題をさらったビーフの相手であるニッキー・ミナージュへのディス(アルバム1曲目「HISS」はビーフ楽曲として話題になった先行シングルだ)まで幅広く、熱気のような暑さの中に、彼女の多くの表情を見ることができる。
Headie One『The Last One』
UKのラッパー Headie Oneによる2ndアルバム。1時間強、20曲入りの大作だが、UKドリルのラッパーとして、内省的な雰囲気を統一しながら、独自の音楽性を打ち出す。例えば、UKのストリートラップとエレクトロ、アンビエントミュージックとの折衷は、近年独特な進化を遂げていると言えるが、Headie OneがFred again..と出したミックステープ『GANG』(2021年)はその特異点と言えるかもしれない。繊細で幽玄的なストリングスやシンセ、ピアノの音色が特徴的なトラックによって紡がれるギャングの日常。これまでにない味わいのギャングスタラップは極めて新鮮だった。Jamie xx、FKA TwigsやSamphaの参加からも分かる通り、ハードコアなストリートラップに、アンビエントとクラブミュージックの折衷で独自の詩情と浮遊感を宿しており、それはHeadie Oneの楽曲も劇中で使用されているサウスロンドンのドラッグディーラーを主人公としたドラマ『トップボーイ』の音楽を、『GANG』のオープニングナンバー「Told」のリミックスを手がけたブライアン・イーノが手掛けていることも連想する。
このような近年のUKのストリートラップ、あるいはストリートの物語がそう言った浮遊感を獲得していることは、本作『The Last One』にも引き継がれる。Flatbush Zombies「Palm Trees」をサンプリングした楽曲「Martin’s Sofa」で語られるドラッグディーリングが顕著なように、本作もまさにストリートギャングの話を内省的に綴っているが、クラブミュージックの要素を全面に出す「Make a W (feat. Skrillex, AJ Tracey & BEAM)」は、前述した『GANG』を経た後だからこそかろうじて納得できるような、大胆な楽曲だ。他にもアフロビーツ調の「Bounce (feat. Bnxn)」や、上昇していくような変則的で美しいトラックに彼のラップが乗る「Memories (feat. Sampha)」など聴き逃せないトラックが多数入っている。例えば、先日リリースされたシングル Sampha & Little Simz「Satellite Business 2.0」と合わせると、USヒップホップとは一味違う感覚を楽しめるかもしれない。
42 Dugg『4eva Us Neva Them』
デトロイトのラッパー 42 Duggはその唸り声のようなラップが特徴的だ。新作『4eva Us Neva Them』は、ドリルを軸として、サウス色の強いハードなトラック(重いベースやスネアが聴こえる)を乗りこなしているアルバムだが、「Wrong Right」や「My Mama」では言葉尻を伸ばし、メロディをつけており、全体の重さの中でも、緩急がはっきりしているのも特徴的だろう。リリックの面でも正当にギャングスタラップであるのだが、生々しい声質は他のラッパーにはない独自のものであり、地域性の強いサウンドと共に、自らのオリジナルなスタイルを確立している気もする。本作は、Meek MillやSexyy Red、Lil Babyや昨年コラボアルバムを出したEST Geeらが参加しており、42 Duggの世界観の中でラップしている。ハードながらピアノのメロディが一種の詩情のようなものすら感じさせる「Need You」や、そこから作中ではおそらく最も身軽なトラックである「Still Bout You」への繋ぎなど、アルバムを通して展開を見せていく様も見事で、独自性を保った変わらないスタイルの中で、明確なコンセプトや世界観をキャッチできる作り込みを感じさせる。