連載『lit!』第94回:COVAN、BLYY、Sweet William……独自の感性で在り方を示す国内ヒップホップ
今回紹介する5枚のアルバムはそれぞれ、国内ヒップホップシーンの中でも独特の色味を携えている作品たちだ。過剰なボーストや広告的な身振りからは発見できない切実な感覚とセンスがそこにはあって、アンダーグラウンドの匂いから、可能性の広がる世界観の誘惑まで、シーンにおける様々な“在り方”を示してくれることだろう。
COVAN『nayba』
コレクティブ D.R.C.クルーの中心メンバーとして活動してきた名古屋出身のラッパー COVANの1stアルバム。アンダーグラウンドシーンの中でも、その切実さが滲む言葉において、絶大な信頼とリスペクトを獲得してきた彼の待望のアルバムは、自分自身の中にある逡巡にも向き合った、力強い作品である。各トラックは、同じくD.R.C.クルーのRyo Kobayakawaをはじめ、DJ SCRATCH NICE、C.O.S.A.、AIWABEATZなどがプロデュース。各々によって紡がれるサウンドは湿っているが鮮やかで、多彩さを醸す。軽快なフロウでメッキのチェーンを外す1曲目「Drums」の幕開けから、一貫した市井の人間の視点を貫くアルバム『nayba』のタイトルは近所という意味以外に、“何者でもなくとも、自分に誇れる生き方をしているヤツ”を意味しているらしい。彼にとって身近な感覚や人間の姿をパッケージしているのかもしれない。
そんな本作においては、例えばMONJUのMr.PUGを迎えた3曲目「da loose」で捲し立てられる、資本主義に浸かったラッパーへの明快な物言いをするリリックにこそ、COVANがリスペクトを得てきた理由が詰まっていると言えそうだが、一方で個人の葛藤を紡ぐリリックの数々も強く印象に残る。例えば、「U gotta Love Me」の〈数字のない場所に行きたいと感じている/同時に目に見える価値を欲している〉は、個人的にもここ最近で最も心に響いたラインだ。資本主義社会に対する逃避願望と、同時に存在する実存的欲望。この作品にはそういった、“生きていくことの矛盾”が生々しい形で刻まれており、かつてのジャズやブルース、ソウルから歌謡曲にまで宿っていたものと同種のムーディさや哀愁を携えていると言えるだろう。霞んでいくような個の存在を見つめ続ける傑作。
BLYY『東京無宿』
〈最高の出会いは再会〉(「膝栗毛 feat. K-BOMB」)と言うように、約4年ぶりの彼らとの再会も最高ではないだろうか。2020年にリリースされた『Between man and time crYstaL poetrY is in motion.』以来のBLYYによる新作『東京無宿』は充実した内容のEPである。シーンの中で独自の立ち位置を貫き、アンダーグラウンドな活動を行ってきたBLYYの新作は、セルフプロデュースをベースにした前作までのインディペンデントな感覚から変化し、絶妙な塩梅で外部の風を取り込んで進化を遂げている。例えばRamzaのビートがうねる「膝栗毛」は、今までと一味違った雰囲気を醸しており、苛烈さと酩酊感を同居させている。一方で最終曲「迎撃 feat. Manonmars」にはロンドンのラッパー Manonmarsが参加し、曲中でムードの転換を魅せる。コンパクトな作品ながら多くの新しさに溢れ、同時にアンダーグラウンドのダーティな色も失わない。そんな本作は、佳作と言ってもいいようなディスコグラフィの中でも一際濃い作品に仕上がっていると言えるかもしれない。彼らは、決して光の当たりやすくない、路地裏や、地下に潜みながら、私たちと新しい姿で出会い直すことを、見事成し遂げたのではないだろうか。
Sweet William『SONORAS』
Sweet Williamの3年ぶりのソロアルバム『SONORAS』は、爽やかで緩やかで、何よりも音をキャッチすることの楽しみに溢れた作品である。ピアノの音色、上品なループとしなやかなラップ、メロディの数々が、自由に交わりながら存在する本作には、ブルックリンのラッパー Kota The Friend、NF Zessho、GAGLE、Jambo Lacquer、過去に彼とジョイントアルバムをリリースしたJinmenusagi、シンガーソングライターの中山うり、ピアニスト 江﨑文武ら、まさに多彩な面子が参加している。インストゥルメンタルも混ざる『SONORAS』は、あくまでSweet Williamのアルバムとして音を聴かせる作品になっており、時にノスタルジックで切なげだが、自然に揺れてしまうようなグルーヴも携えており、足を止めて感傷に浸ることを決してさせてはくれない。一見過激ではないが緩やかに、音は私たちの体を揺さぶってくる。特に「Begins to Crack (feat. 江﨑文武)」のピアノ演奏とビートのセッションは、その場で音楽が立体的に構築されていくような幸福感にあふれたパートだと言えるだろう。作中2回登場するNF Zesshoをはじめとする、軽快なラップの数々も聴き逃せない。あくまでヒップホップマナーに則りながら、独自の色を醸すビートに溢れる本作がシームレスに存在させる言葉と時間に、尊さを感じる。