連載『lit!』第100回:Erick the Architect、スクールボーイ・Q、J. コール……ヒップホップの豊かさに満ちた新譜5作

 いや、数年前であればもう少し興味を持てたかもしれないが、ここ最近話題をさらっている、USメインストリームのラッパー同士のビーフには辟易している、というのが筆者の正直なところである。J. コール、ケンドリック・ラマー、ドレイク、クリス・ブラウン、クエイヴォ。そこで交わされるディス、つまり該当のラインの中にそもそも愉快なものがあまり多くないように思えるのだが、それ以上に、音楽作品自体がそういった話題に染まって、即物的に消費されていってしまうことは、少しもったいないような気がする。

 今回紹介する5枚の中にも、上述のビーフに関連する作品が含まれており、その意味でセンセーショナルな話題をさらっている作品を扱うわけだが、ここでは音楽作品としての鮮やかさに焦点を当てて取り上げていきたいと思う。いずれもヒップホップの、音楽の豊かさ、そして可能性を感じさせるような、そんなアルバムたちである。

Erick the Architect『I've Never Been Here Before』

 Flatbush Zombiesのメンバーとしても活動するニューヨークのラッパー Erick the Architectのニューアルバム。ジョーイ・バッドアスやチャンネル・トレス、ジョージ・クリントン、Westside Boogieが客演に参加し、ジェイムス・ブレイクやLinden Jayらをプロデューサーとして迎えた本作は、その面々の多彩さが表すように、バラエティに富んだ瞬間が紡がれる色彩鮮やかな音楽作品である。ソウルやゴスペル、ダンスミュージックなどの要素を散りばめながら、オリジナルなヒップホップの在り方を我々に示してくれる。

 全体に軽快なムードが貫かれているが、不安定な彼の内省から、現実の不条理まで、楽天的とは言えないような話題が歌詞に表れているのも興味を誘う。見方によっては、ケンドリック・ラマーが『Mr. Morale & The Big Steppers』で描いたことやそのバランスを、違う音楽的アプローチでやった作品とも言えるかもしれない。

Erick the Architect - Breaking Point Feat. Baby Rose, RÜDE CÁT & Pale Jay (Official Visualizer)

 あるいは、その遊び心が唯一無二の可笑しさを生み出し、我々を誘うだろう。サウンドを聴いているだけでも、その音楽的な趣向の幅広さを感じることは容易いが、ローな感覚溢れるメロディアスな4曲目「Breaking Point」の後、スムースに繋がるのがマッドリブとMFドゥームのコラボネーム Madvillainを文字面的に彷彿とさせるタイトルの「Mandevillain」であり、そこでギャングスタ的なアテチュードを披露、〈Man I love this rapping s***(俺はこのラップが好きだ)〉とまで言ってしまう展開の振り幅にはニヤついてしまう。

Erick the Architect - Mandevillain (Official Visualizer)

スクールボーイ・Q『BLUE LIPS』

 スクールボーイ・Qの約5年ぶりのアルバムは、苛烈で予想外で、型にとらわれないアナーキー性と無限性を携えている。あくまでマナーに従うのはそこそこに、あとは基本ぶち壊して惑わせてくるような。もしも、そんな音楽にこそ強く惹かれるという体質なのであれば、これはあなたのための作品と言えるだろう。

 ダークなカラーを前面に出す本作にはどこか生々しさが充満しているが、時折顔を見せる哀愁こそがこの作品を味わい深いものにしている。それは友人である故マック・ミラーに捧げられる4曲目「Blueslides」やリレーションシップについて歌う6曲目「Love Birds (feat. Devin Malik & Lance Skiiiwalker)」などの楽曲に顕著だが、こういった喪失感が作品の核に漂っていることは、見逃せないポイントだろう。

ScHoolboy Q - Love Birds ft. Devin Malik & Lance Skiiiwalker

 “自由自在な”というよりも、その時の感情をそのまま吐き出すようなフロウの変化、ファンクからジャズまで多くの応用にあふれたサウンドの展開、9曲目「oHio (feat. Freddie Gibbs)」に見られる特徴的なビートスイッチなどは、全体の流れの中で聴くことで唯一無二の時間を生み出す。現代において、逃避的時間を音楽として想像するという点で、昨年のリル・ヨッティ『Let's Start Here.』とも並べたい。抗えない中毒性と、冒険性を携えた傑作。

ScHoolboy Q - oHio (ft. Freddie Gibbs) ft. Freddie Gibbs

フューチャー&メトロ・ブーミン『WE DON'T TRUST YOU』

 フューチャーとメトロ・ブーミンによる『WE DON'T TRUST YOU』は、様々な意味で象徴的な作品になったが、何よりも両者のタッグアルバムとして、ムードを統一し、ほとんど理想的とも言えるようなバランスに仕上がったことは喜ばしいと言えるだろう。「Mask Off」をはじめとするヒットを生み出してきた両者による本作は、ダークで煌びやかであり、煙と高級車、ブランド物の香水の匂いに塗れた、ゴージャスでふしだらなヒップホップアルバムである。リッチなライフスタイルやパートナーのことを歌うフューチャーのラップは相変わらずブレないが、『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』(2023年公開)で映画のサウンドトラック制作を初めて経験した後のメトロ・ブーミンは、今作でもカラーを一定に保ちながら、サンプリング手法において多様な技を繰り出し、以前のような貪欲さが顔を見せているような気もする。

 時に壮大に、時にチージーに鳴らされるシンセ音、哀愁漂うメロディ。過去の両者の音楽を思い起こさせる要素を散りばめながら(特に10曲目「Runnin Outta Time」では、フューチャーにとって『HNDRXX』の頃を思い起こさせるようなメロディが聴ける)、目の前の享楽や感情、物質主義を映し出す様は、生々しく音楽に刻まれている。彼らは何も変わらず、前にも後ろにも進んでいない。しかしそこに含まれる空気感は、他のメインストリームのアーティストからは得られない特異なものと言えるだろう。

Future, Metro Boomin - Runnin Outta Time (Official Audio)

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