鈴木雅之が放つソウルマンの色気 『Snazzy』は全世代を巻き込むマーチン現象の“粋なトリセツ”に

鈴木雅之が放つソウルマンの色気

アラサー世代の“マーチン”体験

 50〜60代以上の音楽リスナーにとって、鈴木雅之は“マーチン”という愛称で呼ぶのがぴったりの表現なのだろうけれど、アラサー世代の僕はどうも畏れ多い気がして呼べない……。そこでひとまずこの緊張を解くため、スイス映画界の巨匠で、オペラ演出家でもあったダニエル・シュミットの音楽エピソードから個人的リスナー体験を紹介しておきたい。

 『アルプスの少女ハイジ』さながらの山間ロケーションで育ったシュミットは、想像力豊かな少年で、遠く、アルプスを越えた先にはきっと何か夢の世界があると信じていたらしい。1955年、ミラノのスカラ座でルキノ・ヴィスコンティ演出のオペラ『椿姫』が上演されると聞いたシュミットはいてもたってもいられず、ついに山を越え、ヒッチハイクしながらスカラ座に駆けつけた。そして人気のチケットを入手するため劇場前で一夜を明かすのだ。このエピソードを知ったとき、中央(東京)から遠く、札幌の山手で育った僕も似たような感覚を羨望混じりに抱いた。険しい峠道をひとつ挟んだ先に盤渓山という標高600メートルほどの小さな山があり、毎年開催されている音楽フェス『ばんけいミュージックフェスティバル』(以下、BMF)が、クラシック音楽畑の僕にとってはまさに山の先にある未知の領域の夢だったから。

 そこにはロックやソウルもあればクラシックもある。上田正樹や大橋純子など、豪華アーティストがゲスト出演し、ジャンルを超えて真夏のグルーヴを共有する。現在僕が所属するクラシック音楽専門のプロダクションからも元ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のトランペット奏者が参加していた。そんなBMFの立役者が、実業家にしてビッグバンド・ジミー東原オールスターズのリーダーでもある異色の音楽才人、ジミー東原だ。BMFのハイライトでもある同バンドのパフォーマンスから続く、恒例の大トリゲストとして迎えられるのが、鈴木聖美。名曲「TAXI」から「ロンリー・チャップリン」へのヒット歌謡ステージ……。鈴木姉弟によるデュエットではないものの、〈少年のように〉(「ロンリー・チャップリン」)と歌う鈴木聖美のユニゾンからアダルトな世界に想像を膨らませた結果、姉の影響でブラックミュージックの世界を知ったという弟の鈴木雅之にも、きっといつか“夢で逢えたら”と妄想した。

 黒人でないにも関わらず、犀利なブラックネスが轟き、喉から声帯を引っ張り出してきたみたいにじんじん揺さぶってくるリスナー体験は唯一無二。ポップスだけでなくクラシックを視野に入れる豊かさもある。イタリア映画のサントラで有名なローマ室内オーケストラ(服部隆之指揮)との共演(2017年/『masayuki suzuki 30th Anniversary Special 鈴木雅之 with オーケストラ・ディ・ローマ Featuring 服部隆之』)以来、5年ぶりのオーケストラ公演『billboard classics 鈴木雅之 Premium Symphonic Concert 2022 featuring 服部隆之 〜DISCOVER JAPAN DX〜』でのクロスオーバーは、深遠なるマーヴィン・ゲイの世界へ。同公演に携えたカバーベストアルバム『DISCOVER JAPAN DX』では、松たか子とのデュエット「幸せな結末」が、大滝詠一(作曲)と鈴木が結んだ音楽的日々を、ピタリと合ったストリングスのボーイングで流麗に響かせ、牧歌的な風景として可視化させていた。初のセルフカバー「Tシャツに口紅」で、(1983年当時録音された)大滝のカウントダウンからイントロに入る瞬間はグッとくる。鈴木の盟友・服部隆之アレンジのオーケストレーションは、クラシック音楽リスナーにとってもドンズバの音楽体験に他ならなかったが、音楽に調和(ハーモニー)をもたらし、音楽を愛する(フィル)、まさに“フィルハーモニー”な存在として、改めて“マーチン”と敬愛を込めて呼ぶならどうだろうか?

【LIVE】鈴木雅之『違う、そうじゃない』<masayuki suzuki taste of martini tour 2022〜DISCOVER JAPAN DX〜>
【MV】鈴木雅之『DADDY ! DADDY ! DO ! feat. 鈴木愛理』TVアニメ「かぐや様は告らせたい?~天才たちの恋愛頭脳戦~」OP主題歌

若者世代にも余念がないスタイル

 アラサーどころか、さらに世代を下り、10代後半や20代前半のZ世代にまで広く鈴木のナンバーが浸透しているのが実際のところ。(もはや何度目かわからないけど)どうやらここ数年、時代は再び鈴木雅之に追いついたようだ。火つけはZ世代がネイティブに使いこなすSNS上でのこと。「め組のひと」や「違う、そうじゃない」が、タイムライン上を駆け巡る現実を誰が想像できたか。2022年6月に『THE FIRST TAKE』で「違う、そうじゃない」の映像が公開されたときには、公式X(旧Twitter)で、「ネット民全員集合」という目配せ的アナウンスまであった(※1)。あるいは、人気アニメ『かぐや様は告らせたい〜天才たちの恋愛頭脳戦〜』(TOKYO MXほか)のオープニングテーマである「ラブ・ドラマティック feat. 伊原六花」と「DADDY! DADDY! DO! feat. 鈴木愛理」によってアニメファンにも親しまれる中、『Animelo Summer Live 2019 -STORY-』に“アニソン界の大型新人”として初登場し、ラブソングの王様がそれを自称までする音楽現象というか、世界線が信じられなかった。

 面白いと思う才能との共演なら、リスペクトを込めて率先して喜ぶ。これが本当のソウルマンのスタンスとして当然の振る舞いであるかのように、若者世代にも余念がない鈴木だが、2023年リリースの『SOUL NAVIGATION』では、伝統的なファンクグルーヴを追求しながら、「道導」のソングライティングとしてYOASOBIのAyaseを起用。Z世代リスナーのアイコンであるAyaseからの提供を受けて、王様が吹き込む。王様は王様たるし、若手アーティストも同時にスターとしての輝きを増す。鈴木書き下ろしによる1曲目「MY SOUL NAVIGATOR」に対応するような「道導」は、両者にとっての新たな指針になっただろう。

【MV】鈴木雅之『道導』

 この指針通り、今年3月27日リリースのニューアルバム『Snazzy』でも提供アーティストの顔ぶれの豊かさで驚かせてきた。全9曲。タイトルの綴り的に、SZA「Snooze」から“居眠り”をつい連想してしまったけれど、とんでもない。1曲目には鈴木の書き下ろしナンバー「Hey you ?, Hey sup ?」を配しつつ、鈴木からの“ブルース”というお題で松本孝弘(B'z)が作曲・共同編曲した2曲目「Ultra Snazzy Blues」は、イントロの高揚感がバキバキ。2022年リリース時に86歳だったバディ・ガイの「Blues Don't Lie」にも通じる“粋”(Snazzy)そのもの。間奏でつんざく松本のギターソロは本当に「ブルースは嘘をつかない」ことを証明している。しかも作詞は鈴木とGReeeeNによる共作。〈人は未完成/よもや生きて〉と〈ありがとうとごめんを繰り返す/飽かなく続いてく〉のコール&レスポンス的な歌詞のフローは、ジュークジョイントで流れていてもおかしくないくらいブルースマナーをより明確にしながら、一方で令和のブルースとして聴きやすくアップデートされている。あるいは、令和ポップシーンをご機嫌に疾走中のBillyrromの筆による「Magic Hour feat. Billyrrom」では、現行サウンドを志向する音楽性がより明確に、アクチュアルに響いてくる。

【MV】鈴木雅之『Ultra Snazzy Blues』
鈴木雅之『Magic Hour feat. Billyrrom』Lyric Video

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