LAで躍進するher0ismが語る、世界で戦うための戦略とシーンの課題「日本の音楽を海外に発信できる新しいフェーズに入る」

毎年2月にロサンゼルス(以下、LA)で開催される『グラミー賞』の授賞式での主要部門への憧れを語る日本人アーティストが増えた昨今。しかしながら、いったいどうすればノミネートできるのか? グローバルに求められる作品の傾向は? まず何をすべきなのか--その入り口を知る人は多くはない。
そんな中、NEWSや中島美嘉などへの楽曲提供で国内チャート1位を経験し、その後、世界での音楽活動へといち早くギアチェンジしたLA在住の日本人音楽プロデューサー/ソングライター・her0ism(ヒロイズム)。2024年、プロデュース楽曲であるXG「IN THE RAIN」収録アルバム『AWE』が、US Billboard Chart“Heatseekrs Album”、“Top New Artist Albums”、“Record Label Independent Current Albums”にて1位を記録。さらに2025年2月28日にリリースされたBLACKPINKのLISAのソロアルバム『Alter Ego』収録の「Dream」がUS Billboard Top Album Salesで初登場1位、Billboard 200初登場7位を記録し、大きな話題となっている。
さらに、グローバルなクリエイターチーム・ever.y(メンバーのPeyote Beatsが、Doechii「Boiled Peanuts」をプロデュース、収録アルバム『Alligator Bites Never Heal』が67th Grammy “Best Rap Album”受賞)を立ち上げた今、世界へ最も近い日本人音楽プロデューサーなのだ。『グラミー賞』主催のレコーディング・アカデミーのボーティングメンバーであり、スクリーニング責任者を担当し、Sony Music Publishing LAオフィスと全世界契約したher0ismへ、0からグローバルへと切り開いてきた躍進のストーリー、日本の音楽シーンに対して思うこと、その課題ーー世界の音楽シーンの“今”を聞いてみた。(ふくりゅう)
her0ismが海外で活動することを決断したきっかけ
ーー現在LA在住のher0ismさん。現在どれくらいの頻度で日本に来ているのでしょうか?
her0ism:年に3、4回ですかね。その都度、アーティストの方と曲作りを目的としたセッションを行なっています。まとめて2週間ぐらい滞在する感じですね。
ーーher0ismさんがグローバルな視点を持つ音楽プロデューサーとして活動する上で、ターニングポイントとなったきっかけを教えてください。
her0ism:2005年ぐらいにスウェーデンの音楽市場が小さくなったタイミングがあり、クリエイターが日本に来るきっかけができたんです。その時に当時NEWS(STARTO ENTERTAINMENT)を担当していた伊藤涼さんから声かけていただいたんですが、そこでこれからは日本の曲だとしても、海外の作家と共存していく時代になるという話を聞いて。
ーー当時、著作権を無視した海賊版サービスが増えた結果、スウェーデンでは違法より便利な合法サービスとしてSpotifyが生まれましたが、クリエイターの間ではそんな動きがあったのですね。
her0ism:で、その時は正直ピンとこなかったんですけど、後々にいつかそんな時代がくるのかなと思うようになって。それがコライトという、クリエイターが集まって自分の得意分野を活かしながら一緒に曲を作る文化の始まりの場所で、運よく創成期といいますか、日本で言うコライトの始まりの始まりのところに参加させていただきました。

ーーある種、音楽史が動いた瞬間ですね。今はコライトによる共作は本当に増えましたし。
her0ism:その時にちょうど日本に来ていた作家のシャロンボーンさんという方と一緒にコライトする機会を日音に作っていただきました。日本向けの楽曲を書こうという話になったんですが、せっかく2曲作るのであれば、もう1曲は世界の市場に向けて書きたいなと思ったんです。
ーーなるほど。そこからはどんな経緯で現在の活動へと繋がったのでしょうか?
her0ism:その思いをいろんな作家に伝えていったら、徐々に海外の“ライティングキャンプ”に参加させていただけるようになったんです。そこで、ヨーロッパでも有名なソングピッチャーであるサウンドグラフィックスの中村英訓さんに声をかけていただき、初めてドイツのライティング・キャンプに参加しました。当時日本人は誰もいなかったので、まるで宇宙人を見るような目で相手されて、なかなか大変でした(笑)。「日本人は琴の音を入れておけばいい」といったステレオタイプな扱いを受けたこともあり、悔しい思いをしましたね。
ーー海外の洗礼みたいなものですね。
her0ism:そうですね。でも、それがヨーロッパでの活動のきっかけにもなりました。
実績を作り、忖度のない世界で戦うことで得た経験
ーー当時の日本のマーケットはCDが売れていた時代でもあり、世界的に見ても小さいわけではなかったことを考えたら、her0ismさんは大きなチャレンジをされましたよね。そのモチベーションとなったものはなんだったのでしょうか?
her0ism:言われてみればその通りですよね。だから、ヨーロッパのクリエイターは日本に来たわけで。でも、みんな本当はアメリカへ挑戦をしたいんですけど、そんなに容易く入れる市場ではないんですよ。もちろん本当に日本が好きで来たクリエイターもいたけれど、アメリカの市場を諦めて日本に来た方も多かったんじゃないかな。一方で、自分は日本でありがたいことに作家として結果を出すことができたので、その地位を守り続けるのではなく、その先の目標に向かっていきたいという思いがありました。
ーー日本人クリエイターが海外マーケットで曲を書ける可能性を考えると胸が躍ります。
her0ism:とはいえ、最初は「1円にも入らなくていいから、どこの誰かわからなくてもいいからとにかく海外で曲作りたい」とずっと言い続けていたんですよ。
ーー自ら入り口を切り開いていったんですね。
her0ism:はい。言葉は言霊、というわけではないですけど、その姿勢が伝わって、フィンランドのライティングキャンプで作った曲がギリシャのエレーナ・パパリズーという歌手に採用され、結果的に1位を取れたんです。ただ、ギリシャの経済状況も影響してか、印税は1円も入らなかったんですけどね(苦笑)。でも、まあ自分でも「1円も入らなくていいから」って言ったなと思って。そんな経験から、海外の方が面白いと感じるようになり、常に難しい道を選ぶようになって活動してきた結果が、今に繋がっているんだと思っています。

ーーやるかやらないか、実績を作ることの大切さですね。
her0ism:日本にいて、システム化されたスタイルで同じことをやり続ける方が楽かもしれません。でも、未知の市場や国に飛び出して、誰かわからないアーティストと自分のことも知らない相手とコライトするという。もちろん忖度なんてないですし、良い悪いの判断もすべて素直にね。日本だと知ってくださっている方も後輩も多いので、たとえば自分がよくないことをしていても、後輩は何も言えないかもしれないじゃないですか? 日本の悪いところだと思うんですけど、ただ、欧米ではそういう忖度がなくて、ちょっとでもカッコ悪いことをしていたら、下手したら相手が帰っちゃうんですよ。用事を思い出したんで帰る、みたいな。そういう場に身を置くことが、自分を成長させることへと繋がっているんですよね。
ーーそして、そうした経験が次のステージに進むエネルギーになったのでしょうね。
her0ism:はい。常に難しい道を選択してきた結果が、外へ外へという向上心になったのだと思っています。
ーーそれで言うと、LAに活動拠点を移されたことは大きな決断ですね。
her0ism:そうですね。移住を決めたのは、2010年頃だったと思います。それまではヨーロッパを行ったり来たりして、たくさんのライティングキャンプへ参加していました。
ーーなぜLAへ行こうと思われたのですか?
her0ism:全世界の作家が集まるヨーロッパのキャンプでも、みんなLAの話をしているんですよ。「これからポップスはLAに集まる」みたいな話があって。それを聞いたらもう行かないわけにはいかない、と決意しました。当時、100万ダウンロードを記録したMs.OOJAの「Be...」を一緒に作ったプロデューサーのアレックス・ゲリンガスが、ケリー・クラークソンの楽曲で『グラミー賞』を受賞したんです。運良く、そのタイミングで「Be...」がヒットしていたので、アレックスも喜んでくれて。その時に彼が「いつLAに来るんだ?」って話を振ってくれたんです。その次の週にはすぐにLAに飛んで、挑戦が始まっていました。
ーーLAの良さは、アーティストやクリエイターと直接出会えることですか?
her0ism:そう、一緒に制作できるっていうことがメリットとして大きいですね。
ーー個で制作のできるDAWによって音楽制作は革命的に便利になりましたけど、対話しながら音楽を作るセッションは、孤独との対極であり、直接的なコミュニケーションが重要ということですね。
her0ism:そうですね。特にLAは第一線のアーティストやクリエイターが世界中から集まる場所なので。それこそ自分もLAに通っていた時代があるんですけど、ヨーロッパのクリエイターも通っているんですよ。そこで全世界の表現者とコラボレーションできることは、唯一無二だと思いますね。あと、LAには世界トップのシンガー、アーティストが住んでいるので、アーティストセッションの数も多い。よりチャンスが多いんです。