連載『lit!』第80回:King Gnu、オリヴィア・ロドリゴ、boygenius……2023年ベストロックアルバム5選

 週替わり形式でさまざまなジャンルの作品をレコメンドしていく連載『lit!』。今回は、2023年の年間ベストとして今年リリースされた国内外のロックのアルバムを5つ選定して紹介していく。

 その前にまず、日本のロックアーティストのアルバム作品について俯瞰して簡単に振り返っていく。例を挙げていけばキリがないが、スピッツの『ひみつスタジオ』やくるりの『感覚は道標』、back numberの『ユーモア』、Mrs. GREEN APPLE『ANTENNA』、UVERworld『ENIGMASIS』、WANIMA『Catch Up』、マカロニえんぴつ『大人の涙』など、2023年もさまざまな世代のアーティストから渾身のアルバムが続々とリリースされた。主な音楽の聴き方がサブスクに移行して以降、リスナーの音楽体験そのものが抜本的に変わり、今ではプレイリストやSNSからのレコメンドを通して新しい楽曲と出会う人が増えたと思う。それでも、“アルバム”という表現形態の可能性は決してついえてはおらず、むしろこの時代においてアルバムだからこそなし得る表現を果敢に追求した作品も目立った。今回筆者がピックアップするKing GnuとChilli Beans.の新作は特に象徴的な例で、一曲単位では味わうことのできない重みと深み、その世界観の広がりに、全編を通して引き込まれたリスナーも多かったのではないかと思う。

 続いて、2023年にリリースされた海外のロックアーティストのアルバムについて。The Rolling Stonesが18年ぶりに発表した新作『Hackney Diamonds』を通して生きる伝説としての健在ぶりを示し、また、Foo Fightersはテイラー・ホーキンス(Dr)の死という悲しい別れと深く向き合ったうえで、再び力強く歩み出す決意を刻んだ新作『But Here We Are』をドロップした。今年の『SUMMER SONIC 2023』でヘッドライナーを担ったblurの新作『The Ballad of Darren』は、バンド再始動のピュアな歓びと確かな円熟の両方を感じさせる傑作だった。このように、長いキャリアを誇るロックバンドたちの復活やキャリアハイの更新が相次ぐ2023年であったが、今回ピックアップしたboygeniusやMåneskinをはじめ、新たな世代の躍進も目覚ましかった。バンドという形態に限らずともロックを体現するアーティストも多く、今回はビヨンセやテイラー・スウィフトに並ぶポップスターとしての立場から新たなロック観を提示したオリヴィア・ロドリゴの新作も合わせてセレクトした。

 今回ピックアップした5枚のアルバム作品のなかに、まだフルで聴いたことがない作品があれば、ぜひ年末年始をかけてじっくり堪能してほしい。

King Gnu『THE GREATEST UNKNOWN』

 この約4年間、豪華タイアップによって日本のポップカルチャーシーンを鮮やかに照らしてきた既発のシングル曲群を含む全21曲が、全編を通してシームレスに繋がっていく。今作はまさに、アルバム作品としての表現を極限まで追求した作品であり、各曲を繋ぐインタールードの精巧さや、耳馴染んでいるはずの既発曲に施された斬新なリアレンジ(特に「千両役者」の換骨奪胎っぷりは見事)に幾度となく驚かされる。そして、切実なエモーションの数々を宿した重厚なストーリーへと深く引き込まれていく。その音と言葉の洪水に身を委ねることで得られる刺激や快感、美しい陶酔感、カタルシスは過去作の比ではなく、一枚のアルバムのトータルアートとしてのスケールと深度は圧巻だ。何よりも大切なことは、今作の各楽曲は、圧倒的な覇気や深淵さを感じさせながらも、同時に私たちリスナーの日々の生活や人生に深く寄り添うような等身大な響きを誇っていることである。

 常田大希(Gt/Vo)は、今作についてX(旧Twitter)で、このような言葉を寄せていた。「King Gnuのライブフォーメーションは中央に人がいない。何故かと言うと、いつだって時代を動かしてるのは名も無き、声無き人達で、そういう人達が人生を強く生きてゆくのをほんの少しだけでも手助けするような御呪いになって欲しいと願って私は言葉を紡いできた気がしているからです」――。『THE GREATEST UNKNOWN』(偉大なる無名)というタイトルを冠した今作は、いついかなる時も、この音楽を聴くあなたこそが主役であると訴えかけ、約1時間にわたる壮絶なロック体験を通して万能感すら私たちに授けてくれる。前衛的な表現で煙に巻くことは決してしない。リスナーの気持ちを、時に奮い立たせ、時に昂らせ、時に優しく包み込む。どんな時も、聴く者を主役に変えてしまうロックの魔法。その有効性を心から信じさせてくれるこの作品は、2020年代を代表するロックアルバムとしてロック史に深く刻まれる一枚になると思う。

Chilli Beans.『Welcome to My Castle』

 タイトルは、直訳すると「私の城へようこそ」。今作によって得られるのは、彼女たちが一枚のアルバム全体を通して築き上げた音楽の城に誘われるようなファンタジックなリスニング体験である。まず耳を引くのが、序盤の「Welcome」「aaa」に共通して登場する“パーティー”というモチーフ。一見して華やかなように思えるパーティーの舞台。その裏側には、実は決して楽しいだけではない悲喜交々のフィーリングが滲んでいて、そして言うまでもなく、その舞台は現実の世界を生きる私たちが胸に抱く心象風景と残酷なまでにシンクロしている。前作から一転してダークでダウナーなテイストを色濃く打ち出した今作は、そのファンタジックな装いとは裏腹に、リスナーをディープな内面世界へと深く誘う作品である。〈死にたいの。いつも〉(「stressed」)といった強烈なパンチラインも飛び交うが、しかしだからと言ってシリアス一辺倒な作風ではなく、随所に織り込まれた持ち前の洗練されたポップセンスによって、怒りも苛立ちも悲しみもすべて昇華していくようなパワフルさが全編に通底している。

 また、アルバムを聴き進めていくと次第に希望のフィーリングが溢れ始め、終盤に配置された「Raise」の〈掲げよう/この胸溢れてる/孤独だけじゃ生きれない/幼い僕らなら自由だな/バカな夢/生きる〉という力強い決意の言葉が感動的な響きをもって胸を震わせる。最後にポジティブな余韻を残すナンバー「I like you」も素晴らしい。カラフルなポップフィーリングを遺憾なく爆発させた前作との振れ幅に驚かされるが、このダークサイドもまたChilli Beans.の真髄であることを深く感じさせてくれる新作だ。これまでの活動のひとつの集大成となる2月の日本武道館公演で、彼女たちはいったいどのような音楽の城を築くのか。期待が高まる。

Chilli Beans. - I like you (Official Music Video)

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