連載『lit!』第74回:Ado、Eve、羊文学……自身最大規模ライブ控えたアーティストの注目新作5選
週替わり形式でさまざまなジャンルの作品をレコメンドしていく連載「lit!」。この記事では、今秋にリリースされた国内のロック作品を5つ紹介していく。
今回は、今年の年末から来年の春にかけて、大規模な会場でワンマンライブを開催するアーティストの新作をピックアップした。Adoは、2024年2月から4月にかけて初の世界ツアーに繰り出し、4月末には国立競技場公演2DAYSの開催を控えている。Eveは、11月25日、26日にさいたまスーパーアリーナ公演2DAYSを開催予定で、羊文学は横浜アリーナ公演(4月)、Chilli Beans.は日本武道館公演(2月)、PEOPLE 1はぴあアリーナMM公演(1月)というように、それぞれ自身最大規模のワンマンライブを行うことを発表している。
長きにわたるコロナ禍を経て、まさに今、ライブアーティスト/ライブバンドとして躍進中の5組から届けられたそれぞれの新曲は、新たな魅力を開花させた楽曲や、今後の新たなライブアンセムになっていくような渾身の楽曲ばかり。今回紹介する5曲を通して、それぞれのアーティストへの理解や興味を深めてもらえたら嬉しい。
Ado「クラクラ」
2023年、ハイペースで次々と新曲をドロップし続けているAdo。たとえば、9月にリリースされた「唱」は、彼女のディスコグラフィのなかでも最高難度を誇るであろう楽曲で、過剰で過激なトラックに乗せて多彩な歌唱スキル&声色の総力を尽くしていく展開は本当に圧巻だった。一方で、まっすぐに歌を送り届けるタイプの楽曲もまた彼女の表現の真髄であり、その系譜に連なる最新曲のひとつが、現在放送中のTVアニメ『SPY×FAMILY』Season 2(テレビ東京系)のオープニング主題歌「クラクラ」である。作詞作曲は、「なにやってもうまくいかない」やasmiの「PAKU」などヒット曲を連発中のmeiyo、編曲は菅野よう子 × SEATBELTS。まさに日本が世界に誇るべき鉄壁の布陣だ。
鮮やかにスウィングするサウンドを自在に乗りこなすAdoの歌声は、ラフな軽やかさと自由気ままな豪快さの両方を感じさせるもので、それは直近リリースされた「DIGNITY」における深く轟く切実な歌声とも、「オールナイトレディオ」における往年のシティポップナンバーに通じるチャーミングな歌声とも異なる、新機軸の響きだ。リリースを重ねるたびに新しい一面を打ち出し続けるAdoのポテンシャルにはあらためて驚かされるし、来年4月に開催を控えた国立競技場でのライブは、その時点におけるひとつの集大成を堂々と見せつけてくれる場となるはず。
Eve「花嵐」
8月、自身最大規模となる東阪のアリーナツアー『Eve Arena Tour 2023 「虎狼来」』を見事成功に収めたEveは、その勢いと熱量を保ったまま、今月末、2日間にわたってさいたまスーパーアリーナ公演『Eve Live 2023 「花嵐」』に臨む。その公演名を冠した今回の新曲は、新しい冒険の幕開けを感じさせるような躍動的なストリングスの音色が印象的で、彼の楽曲史上においても特に壮大なスケールを誇る一曲となっている。今年リリースされた「ぼくらの」や「黄金の日々」、「冒険録」に通じるように、「花嵐」も晴れやかに響きわたる温かなメロディラインや、無垢な歌声をそのまま差し出すような等身大の歌唱スタイルが際立っている。
サウンドは大幅にスケールアップしているにもかかわらず、これまで以上にEveの存在をグッと近くに感じられる仕上がりになっていて、物理的に観客との距離が近いライブの場で、この楽曲が音源以上の輝きを放つことは間違いないはず。そして、〈これはまだ物語の続き〉〈まだ僕らは進もう〉と高らかに宣言する同曲は、これから先に続くEveの新しい物語のテーマソングとしての役割を果たす重要な一曲であり続けていくと思う。
羊文学「more than words」
タイトルは、直訳すると「言葉以上のもの」。振り返れば、昨年末にリリースされた「生活」では〈昨日言った僕の言葉がなんだか/今日の僕を惨めにする〉というフレーズが、また今年リリースされた「永遠のブルー」では〈言葉や笑顔だけが少しずつ上手になって/忘れてくこともある、けれど/変わらないものだってある〉というフレーズが、それぞれの楽曲のラストのサビの前という重要な箇所で歌われていた。このことからも言葉の不完全さは、今の彼女たちの表現を貫く大きなテーマであることがわかり、そして「言葉以上のもの」というタイトルを冠した今回の新曲は、そのテーマの延長線上にある一曲だと位置付けられるだろう。1番と2番の歌い出しは、それぞれ〈彼が言った言葉〉〈書きかけのメール〉から始まり、その後、言葉だけでは伝えられないものを巡るコミュニケーション論が展開されていく。
終盤に向けて次第にバンドサウンドが昂っていく同曲を聴いてあらためて感じたのは、言葉だけでは伝えられない想いを伝えられるのは、やはり音楽であるということだった。彼女たちはそうした音楽の原初的な可能性を深く信じているはずで、「more than words」には、3人の真摯でストイックな表現姿勢が美しく凝縮されている。全編にわたり施されたダンサブルなアレンジも素晴らしく、今後の羊文学の新たなライブアンセムになっていくと思う。