柏木由紀にとって“アイドル”は天職だ AKB48来春卒業、タフな活動の軌跡を辿る

 日本武道館で3日間にわたって開催された『MXまつり AKB48 62ndシングル「アイドルなんかじゃなかったら」発売記念コンサート』の初日、10月20日の公演内で“ゆきりん”こと柏木由紀がAKB48から卒業することが発表された。「いつかその時が来るのかも」という覚悟はあったし、彼女の活躍は今後もさまざまな形で見られるはずなので、新たなスタートを心から祝福することに何の躊躇もない。しかし、それでも寂しく感じる気持ちは、とても大きい。この感覚は何なのだろう? 卒業発表から1週間以上経ってもなんだか心がざわつき続けている自分がいる……。気持ちを整理するためにも彼女の活動の軌跡、これまでの日々のなかで届けてくれたものを振り返ってみたい。

 AKB48がブレイクを果たして国民的アイドルとなった時期に関しては、さまざまな捉え方があるはずだが、決定打としておそらく多くの人が挙げるのが2010年8月にリリースされた17thシングル曲「ヘビーローテーション」だろう。第2回目の『選抜総選挙』(『AKB48 17thシングル 選抜総選挙「母さんに誓って、ガチです」』)で1位に輝いた大島優子がセンターポジションを務めたこの曲は、前年の時点ではAKB48のファンのみが熱狂するイベントだった『選抜総選挙』の存在を世間に知らしめ、個性的なメンバーがたくさんいることを幅広い層に浸透させた。これ以降の活躍が華々しいがゆえに順風満帆な時期ばかりだったと思われがちなAKB48だが、ここに至るまでには4年以上かかっていることは案外知られていない。

 そんな時期のAKB48の活動を支えた空間、メンバーたちのアイデンティティ、心の拠り所、修行の場だったのが、秋葉原のドン・キホーテのなかにある『AKB48劇場』での公演だった。チームA、チームK、チームB――3つのチーム各々の演目による劇場公演がほぼ毎日行われていたあの時期があったからこそ、のちの活躍に繋がる力が育まれたのだと思う。そして、そんな頃に唯一無二の魅力を開花させたメンバーのひとりが、他でもない柏木由紀であった。

 柏木がAKB48に加入したのは、グループが始動してから約1年後の2006年12月。3期生の合格者のひとりだった。彼女が所属したチームBは、1期生のチームA、2期生のチームKに比べると当時は比較的若年層のメンバーが多く、正統派アイドル的なカラーが持ち味となっていった。“アイドルサイボーグ”と称された“まゆゆ”こと渡辺麻友も3期生だ。当時の劇場公演で披露されたチームBの楽曲は、フレッシュなメンバーたちの魅力を活かしたものが多い。そのようななか、ものすごい輝き方をしたのが柏木だった。彼女にとって大きな一歩となり、多くの人にとって「ゆきりん、すごい!」と感じるきっかけに繋がったのは、チームB初のオリジナル演目『パジャマドライブ』で披露された「てもでもの涙」だと思う。チームメイトの佐伯美香とのユニットで披露されたこの曲は、どこか懐かしい歌謡曲的な哀愁を帯びている。失った恋の哀しみと降り続ける雨の描写を情感豊かに表現する柏木の姿は、今あらためて映像を観直しても、惹きつけられずにはいられない。

てもでもの涙 (TeamB)

 柏木は幼少期からアイドルが好きで、モーニング娘。の大ファンだった。AKB48に加入する前にモーニング娘。のオーディションを受けて3次選考まで進み、歌唱力を評価されたことは、ファンのあいだでよく知られている。AKB48加入前から持っていた素養が劇場公演の経験を重ねるなかで色合いを深めたのは自然だが、それを後押しした要素として大きかったのは、故郷の鹿児島を離れて東京でアイドルとなったことで芽生えた強い覚悟だったのではないだろうか。彼女はモーニング娘。のオーディションを受ける前にもAKB48のオープニングメンバーオーディションを受けて、最終選考まで残った。しかし、父親の強い反対によって最終面接を受けるのを断念。その後に再びオーディションを受けて、3期生として活動するようになったが、そこに至るまでには強い決意表明と地道な説得の日々があったのは容易に想像がつく。だからこそ「反対を押し切ったからには簡単に諦めることはできない」という想いが、AKB48メンバーとしてステージに立つ彼女の胸の内で膨らみ続けていたはずだ。そんな背景は、彼女の歌唱スキルや表現を磨き上げるための力となったことだろう。

 柏木の武器は歌だけではなかった。“上手い”“きれい”だけでは頭角を現すことができず、むしろ不完全さが観客の心をとらえることも多々あるのがアイドルの難しさだ。しかもAKB48は大所帯であり、グループ内で存在感を放つことも容易ではない。そんな中で彼女がグループ史上在籍期間が最長のメンバーとして君臨し、頭角を現し続けた理由として挙げられるのは、「自己プロデュース力の高さ」と「強い意志」だと思う。そんな姿を感じ取るのに最もわかりやすいのは、握手会だ。彼女のファンに対する姿勢の評判の高さは、おそらくこれまでに一度も揺らいだことがない。長時間にわたって大人数と握手をして言葉を交わし、参加した全員にとっての忘れられない時間を作るというのは、どう考えても容易なことではない。もともとアイドルが大好きだった柏木は、憧れの存在が自分のために言葉を返してくれたり、目を合わせて微笑んでくれることが持つ多大な力をよく知っている。誰にも負けないくらい自分自身が愛している“アイドル”を完璧に体現し、疲れた表情を浮かべたり、素っ気ない態度でファンに接したりすることを自らに絶対に許さない彼女は、超人的な自己統制力の持ち主と言っても過言ではない。

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