くるり×田中宗一郎が語り合う『感覚は道標』が2023年に生まれた意味 オリジナル編成で見出した“原点回帰ではない新しさ”

くるり×田中宗一郎『感覚は道標』対談

 くるり、14枚目のアルバム『感覚は道標』(10月4日発売)は、バンド結成時のドラマー・森信行を迎えて、オリジナル編成で制作された作品である。その制作過程を追いかけたバンド初のドキュメンタリー映画『くるりのえいが』 の公開も10月13日に迫る中、リアルサウンドでは前回(※1)に引き続き、くるりと音楽評論家・田中宗一郎による対談をセッティング。メンバー3人での再集結の経緯に始まり、スタジオ選び、サウンドやリズム、楽曲構造、歌詞……など、多方面から『感覚は道標』という作品を捉えていく。(編集部)

『くるりのえいが』本予告

偶然と時の流れが実現させた、くるりのオリジナルメンバー再集結

――今回、どんな経緯によってオリジナルメンバー3人でアルバムを作ることになったのでしょうか?

岸田繁(以下、岸田):今回が初めてじゃなく、これまでも何度か一緒にやっていたんですよ。イベントでリユニオン的にライブに出てもらったり、2回くらいプリプロ的なことをやったりしたこともあって。それが何かの形になることはなかったんですけど、映画の話もあったので、「やるならインパクトがあって、映画でもなければ実現しにくいことをやりたい」と思って。たびたび「もっくん(森の愛称)とやりたいね」という話が出ていたので、この機会にやっちゃおうということになりました。

田中宗一郎(以下、田中):この3人でしか出せないものがあるというのは、3人とも想像していただろうし、我々としてもずっと期待はあったんですよね。でも、そんなケミストリーと同じくらい、この3人でやることによるストレスもあるんだろうなと思っていたので、「待ち続けるのがファンとしてのあるべき態度」みたいな感じには思っていました。

くるり 岸田繁
岸田繁

森信行(以下、森):僕はくるりを辞めた時、とにかく「一人で頑張ろう」って思っていたんですよ。でも、名前の横には「ex くるり」と必ずつけられるわけで。それが嫌というわけじゃないんだけど「ex くるりってつけるのはやめてください」って言ってた時期もありました。今となっては「くるりにいたから僕を呼んでくれていたのに、アホなことしてたな」と思うんですけどね。

田中:なるほど。

森:でも、そうこうしているうちに、結構いろんな方々が僕を呼んでくれるようになって、金銭的にもプレイ的にも、なんとなく自分の立ち位置が確立されてきたことで、ようやく「ex くるり」と言えるようになりました。

田中:自分も古巣である雑誌『rockin'on』の頃の友人たちに対しては「距離を取らなければならない」みたいな意識はどこかにあったので、それはわかるかも。もっくんと同じように、ここ数年は山崎洋一郎さんや鹿野淳さんとつるむようになって、「何か一緒にやらなあかんのちゃうかな」みたいなところもあるくらいなんだけど。

岸田:Podcastで一緒にしゃべってはりますもんね。

田中:そう。年月が経ったこともあるし、それぞれが自分の立ち位置を見つけたことで、当時お互いの間にあった緊張感みたいなものがなくなったんだよね。

森:わかります。

田中:くるりは今回「この3人でやることで、こんなこと起こるかも」みたいなイメージを持って集まったんですか?

岸田:想像はしてましたけど、「やっぱめっちゃ腹立つ、こいつ」みたいなのはなかったですね(笑)。っていうか、もしかしたら当時もなかったんじゃないかって気もしました。何か行き違いによる誤解とか、単純なコミュニケーションの問題とかがあっただけなんじゃないかって。

田中:そうなるよね。

岸田:でも、「もっくんとやってる時の佐藤さんってこうやったな」みたいなところが一番面白かったかも。

佐藤征史(以下、佐藤):自分でも、もっくんとやる時は演奏が荒くなってるのがわかる(笑)。当時も、もっくんとクリフ(クリフ・アーモンド)がツインドラムでやった時、「プレイスタイルが変わる」って言われたし。

くるり 佐藤征史
佐藤征史

森:クリフとやっている時の佐藤くんはスーパーサイヤ人なんですよ。研ぎ澄まされてるっていうか。でも、俺とやる時は、ちょっと「あれ?」って。

佐藤:(笑)。

田中:「アイデンティティとかキャラクターは関係性の中から立ち上がるものだ」という考え方があるけど、違う人と何かをやると、それによって違う自分が出る部分はあるよね。それが上手くいくと、自分一人ではいくら努力しても出ないものがポンと出るみたいなことがある。

岸田:わかります。このプロジェクトに関して言えば、3人いる時のキャラクターと関係性が……変(笑)。

一同:(笑)。

岸田:この3人の関係性は、不思議な「名づけ得ぬ何か」として自分の中の神棚に入ってますね。「再び3人で集まって何かやったら、何かが起こるだろう」とは思っていたし、実際にいいものができたと思って満足してはいるけれど、これが何なのかは今でもよくわからない。

くるり - In Your Life

映画『くるりのえいが』がアルバム制作へ繋がった

田中:最初から「こういう作品にしよう」というグランドデザインはあったんですか?

佐藤:映画を撮り始める時は、アルバムを作るんじゃなく、曲を作ってレコーディングするところを撮ってもらおうと思っていたんですよ。その中で、もちろん名曲が生まれることを望んでましたけど、「無理だったら、3人で『東京』をやって終わろう」と思ってました。

一同:(笑)。

佐藤:結果的に曲を作るだけで終わらず、アルバムという形になったんですけどね。

――映画撮影とアルバム制作が同時並行で進んでいくというと、映画/アルバム『レット・イット・ビー』(1970年)や、その完全版とも言える映画『ザ・ビートルズ: Get Back』(2022年)を思い出しました。

田中:あっ、思い出した。「『Get Back』をやればいいじゃん」って繁くんに言った気がする(笑)。

岸田:ありましたね(笑)。でも、僕はあの映画を観てちょっと気持ちよかったんですよね。なんていうか、イメージしていた以上にThe Beatlesのバンドとしての関係性は崩壊していて、本人たちからすると見られたくないシーンばっかりだと思うんですよ。でも、The Beatlesが大好きで「天才だ」とか思っていた自分としては「ただの“人”やったんやな」とちょっと安心する内容だったんです。

田中宗一郎
田中宗一郎

――曲作りもめちゃくちゃトライ&エラーしていて、普通に全然良くないバージョンもたくさん生まれてましたもんね。

岸田:で、今回タナソウさん(田中)はあの映画みたいな感じで「全部撮れ」みたいなことを言ってたんです。まあ全部は無理としても、実際に結構カメラ回してもらったんですよね。当時僕はまだ大学の先生をやっていたし、そういうところも撮ってもらってたんですけど、結果として監督が切り取ったのは、3人で連絡を取って最初に集まって「こういう感じでレコーディングしていきましょう」と方向性を作って、伊豆スタジオでプリプロして、そこで生まれた曲をレコーディングする様子で、アルバムを作る映画になったんです。

――映画では、伊豆スタジオがロケーション含めて非常に印象的ですが、スタジオ選びは映画的な画作りを考慮してのものだったのでしょうか?

岸田:そうです。映画のことを考えて、民宿とか洞窟みたいな、スタジオじゃないところをスタジオ化する方向も考えていたんですよ。

佐藤:最初は伊豆スタジオでプリプロだけして、レコーディングは都内とか京都でもいいかなと思っていたんですけど、3人の空気感と伊豆スタジオの雰囲気、機材、そしてエンジニアさんがすごいマッチしたんですよね。「それなら、ここで作ってここで録ろう」となって、月に1~2度通うようになりました。

岸田:今、都内のハイスペックなスタジオってどこも構造が似ていて、卓も同じSSL(Solid State Logic)だから、音自体もキラッとして似た感じになっちゃうんですよね。で、僕は正直その音があまり好きじゃないんです。でも、伊豆スタジオはコンディションの良いNEVEの卓が入っていて、オールド機材のリファレンスができるプラグインやアウトボードも揃っていていい感じなんですよね。録りはPro Toolsでしたけど、最近のPro Toolsはもうアナログテープと遜色ない音で録れますし。あとはやっぱり空間がいいんです。

佐藤:エンジニアさんもいい意味で「ハウスエンジニア」って感じで、スタジオを熟知した仕事をしてくれるし、通ってきた音楽も近いところがあるから、「じゃあ、次はこの曲やろうか」となったらドラムの音を作り始めてくれるおかげですごくスピーディで、プリプロの時点から雰囲気が良かったですね。

岸田:映画でもちょこちょこ映ってるんですけど、彼の存在はアルバムにとって大きかったです。

くるり 森信行
森信行

――今回、映画の中で描かれる作曲プロセスは、デモを持ち寄る形ではなく、セッションでしたよね。

岸田:そもそもくるりの作曲って、この3人でその辺の練習スタジオに集まって、適当にセッションしたものが「尼崎の魚」とか「東京」になっていく作り方だったんですよ。セッションというとかっこいいけど、大喜利に近いような感じで。

――映画の中では、ジャンケンで誰がアイデアを出すか決めて、それに合わせてセッションが始まる場面がありましたね。

岸田:そうそう。本人はアイデアだと思ってもいない適当に出したものについて、「それ、ええやん」と連鎖が生まれて曲ができていく感じで、この3人だと、その過程で気を使わないんですよね。

田中:うんうん。

岸田:で、僕らはお互いに音楽的リファレンスをわかっているから、僕と佐藤さん、僕ともっくん、佐藤さんともっくんという2人の関係性だと、合う/合わないの両方がはっきりわかるんですよ。ただ、3人になると、絶妙に合わない。

一同:(笑)。

岸田:「君、それジャンルちゃうから」とか「アティテュードが違うから」みたいな(笑)。

田中:それがさっき言ってた「変」ってことなんだ(笑)。

岸田:そう。昔はそれでイライラしたこともあったけど、さすがに大人になったので、それを楽しめるようになりましたね。そういう3人の面白さがありつつ、伊豆スタジオという空間が決まって、鳴りが決まって、音が決まると、曲が決まる。そんなアルバムになったと思います。実際、使う楽器もあまり変えず、「ここで鳴らす、この音で」というセッティングを組んでジャムセッションしてできた曲を、ほとんど同じセッティングや楽器で録音するっていう作り方だったので。だから13曲できましたけど、全部早かったです。

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