くるり 岸田繁×小林雅仁、『リラックマ』シリーズ対談 ストップモーションアニメと音楽制作に共通する“職人魂”
8月25日からNetflixで配信が開始され、主題歌をくるり、劇伴を岸田繁が担当した『リラックマと遊園地』のサントラと、前作『リラックマとカオルさん』のサントラを収録したCD『リラックマと岸田さん ~リラックマとカオルさん・リラックマと遊園地 オリジナル・サウンドトラック~』がリリースされた。
キャラクターのかわいらしさはもちろん、ストップモーション(コマ撮り)によるアニメのクオリティの高さ、日常の機微を描いたストーリーが話題を呼んだ『リラックマとカオルさん』に続く『リラックマと遊園地』は、前作の特徴を引き継ぎつつ、リラックマたちが遊園地で様々なハプニングに巻き込まれるエンターテインメント作品に。岸田による劇伴も、前作同様に木管楽器のアンサンブルを基盤に置きつつ、生のオーケストレーションを導入し、様々なジャンルの要素を組み合わせた、何ともらしい仕上がりとなっている。
そこで今回は『リラックマ』シリーズの音楽を掘り下げるべく、岸田と監督の小林雅仁による対談を企画。もの作りに対する職人的なこだわりを共有する2人に、作品の背景と魅力について語り合ってもらった。(金子厚武)
「『リラックマ』は、日本におけるストップモーションの転機」(小林)
ーーまずは前作『リラックマとカオルさん』のタイミングで岸田さんに主題歌と劇伴をオファーした経緯を話していただけますか?
小林雅仁(以下、小林):すごく身も蓋もない言い方になってしまいますが、ずっとファンだったんです(笑)。なので本当にダメ元で、思い切ってお願いさせていただきました。もともとCMの仕事を結構やっていたので、その関係でいろんな音楽を耳にしてはいるんですけど、それとは別にプライベートで聴く音楽として、20年以上聴かせていただいているので……。「念願叶って」と言いますか。
岸田繁(以下、岸田):ありがとうございます。
ーー作品との相性の良さというのもあったわけですよね?
小林:もちろんそうですね。今回の『リラックマと遊園地』はちょっと目線を変えて作ったんですけど、前作の『リラックマとカオルさん』に関しては、日常の細やかな機微を描こうとしたシリーズなんです。自分自身の思い出を振り返ったときに、必ずくるりの歌があったことと結びついて。なので、作品に合った、日常の機微を包み込むような音楽を作っていただくなら、ぜひここは岸田さんにお願いしてみようと考えました。
ーー岸田さんはオファーを受けて、最初はどんな印象でしたか?
岸田:僕は劇伴を作ることがすごく好きなので、率直に嬉しかったです。なおかつ、もちろん実写の映画とかも嬉しいんですけど、ストップモーションのアニメっていう、「それ、なんですか?」みたいなものに取り組めて、できあがったときには達成感がありました。特にキャラクターものが好きというわけではないところからのスタートでしたけど、完成した頃にはすっかりリラックマが好きになってましたね(笑)。
ーーストップモーションのアニメというのは小林監督も関わっていらっしゃった『どーもくん』などのイメージはありつつ、『リラックマとカオルさん』のようなクオリティのものは観たことがなかったので驚きました。
小林:日本におけるストップモーションのアニメーションは、今言っていただいたように、一昔前はNHKとかでも放送されてたんですけど、やっぱり手間がかかるし、その分予算も期間もかかるので、縮小傾向にあったんです。CMとかアートっぽいものはあったんですけど、たくさんの人に観てもらうフォーマットにはなかなかなりづらかった。そういう中で、『リラックマ』を作るチャンスをいただいて、これは日本におけるストップモーションの転機だと、ちょっと気負った部分も正直あって。なので、「より多くの人に届けられるものを作りたい」と思っていて、そこに岸田さんに参加していただけたのはすごく大きかったです。
ーー実際の楽曲の制作では、どんなやりとりがあったのでしょうか?
小林:まず最初に絵コンテを繋いで、とりあえずのイメージとして既存の曲を当てたものを見ていただき、「こんな感じで」と打ち合わせさせていただいて。そこからは一旦岸田さんにお任せして、実際に作っていただいたものに対してキャッチボールをさせていただきました。普段映像の仕事をやっているときもそうなんですけど、僕は音楽的なボキャブラリーがないので、思っていることを伝えるのがすごく難しくて。でも、実際の音を聴かせてもらえると、イメージが広がって、意見も言えるようになるので、具体的にキャッチボールをさせていただけたのはすごくよかったです。
岸田:ストップモーションのアニメって、2Dと3Dの中間というか、人工的な部分と自然な部分の中間っていうんですかね、そのバランスがすごく面白くて。なので、音楽の作り方に関しても、実写のときの感情の入れ方とも違うし、普通のアニメとも切り口が違って。そのいい塩梅が自分の中で見つけられたときは、何か発見したような感覚だったというか。
ーー岸田さんは過去に実写映画の劇伴もアニメーションの劇伴も制作されていますが、これまでとは違う感覚があったわけですか?
岸田:特段これまでと違うことにチャレンジしようとしたわけではないんですけど、自分の作り方と上手くハマったと言いますか。すごく生々しいものと、シミュレーションして作るものの違いというか、「生楽器で録ったらこうなりますよ」っていうのと、「生楽器で録った感じにしたらこうなりますよ」っていうのが、何となく自分の中にあるんです。それをアニメの劇伴で考えると、やたらリアル過ぎるとハマりが悪かったり、逆にアニメっぽい音にし過ぎると平坦になっちゃったりする。そこの一番いい塩梅を見つけていくのは、最近自分が取り組んでることとたまたま近かった感じがして。結局はあまり気負わずにやれたというか、かなり自然に、自分のやり方で作れた感覚があります。
ーー『リラックマと遊園地』は3年ぶりの新作で、日常の機微を描いた前作に対して、エンタテインメント寄りのストーリーになっていますね。
小林:実は『リラックマと遊園地』は「シーズン2」という位置づけではなくて、『ドラえもん』で言うところの『(映画ドラえもん のび太の)宇宙小戦争』みたいなものだと考えていて。『カオルさん』は大人女子に観てほしいと思って作ったんですけど、今回はファミリー層を目指して作っていて、カット割りのテンポとかも全然違うものになっているんです。そういう意味では、まったく別物を作る感じもあったけど、とはいえ前作から続くひとつのパッケージでもあるから、そこは岸田さんの音楽だったりに担っていただきつつ、前作から踏襲するものと変えるものを明確にしながら制作を進めました。
ーー音楽自体に関しても、作風の変化に合わせて踏襲する部分と変化させる部分があったのではないかと思いますが、いかがでしょうか?
岸田:前作のモチーフも今回の劇中で使っていただいているので、ある程度整合性を持たせた部分はあったんですけど、とはいえ3年経っているので、自分の中の流行りみたいなものは変わっていて。あとさっき監督もおっしゃったように、コマ割りのスピード感が全然違う印象を受けましたし、内容自体ももう少し大がかりなものになっていたので。音楽もそんなにシンプルじゃないものを作った方がいいんじゃないかと解釈して、展開があるものを多く作りました。
ーー前作との違いで言うと、今回は生の管弦楽器が用いられていますね。
岸田:そこはすごく迷ったんですけど、今回リファレンスとして聴かせていただいていた音楽がわりとオーケストレーションされたものが多かったんですよね。今は優れたソフトもいっぱいありますし、「オーケストラ風」みたいなものはいくらでも作れて、実際多くのアニメの劇伴はサンプルで作られてますし、今回もそれで仕上げることもできたと言えばできたんです。ただ、僕は生で録るのが好きなので、期間と予算も考えつつ、部分的に生に差し替えたりもして、質感は独特な感じになったと思います。
ーー逆に、前作から意図的に踏襲したのはどんな部分でしょうか?
岸田:楽器とか音色でのキャラクターづけの部分は踏襲してます。リラックマが出てくるシーンの音楽は主にファゴットやマリンバが使われていて、楽器がサイネージになっているっていうんですかね。ただ、リファレンスの音楽を聴くと全体の雰囲気は前作よりもソリッドな雰囲気だったので、使う楽器は前作から踏襲した『リラックマ』仕様だけど、音楽の作り方はソリッドにしたというか。「絵コンテはこんな状態やけど、『鬼滅(の刃)』くらい緊迫感ある感じになるんやろうな」とか(笑)、そういうことを想定しながら音を積んだりしました。
小林:今日絶対聞きたいと思っていたことが一つあって、エミリがプログラミングの修正を始めるシーンがあるじゃないですか? あそこから物語がブワーッと盛り上がる、煽るシーンに入るところだったので、ビデオコンテだととりあえず「ヤシマ作戦」の曲がついてたと思うんです。でも、実際に岸田さんに上げていただいた曲が、単純に盛り上げるんじゃなくて、複雑な構成で、エミリの心情にまでグッと入り込むようなもので。結果的には一番好きな曲になったんですけど、当時は「ヤシマ作戦」の曲がついたビデオコンテを100回くらい観ていて、完全にそのイメージになっていたので、最初「あれ? 間違えたのかな」と思ったんですよ(笑)。
ーー想定していた曲とは差異があったと。
小林:そうなんです。でも「そんなことはない」と思って、二度三度と聴いていくうちに、岸田さんが内容にまで踏み込んでくれて、エミリがだんだん覚醒していく感じとか、お話が積み上がっていく感じをここに凝縮して返してくださったんだなと思って、すごく感動したんですけど……。この解釈で間違ってないですか?岸田:全体で言うと、監督がリファレンスの曲を当ててくださって、テンポの指示も具体的にしていただけたので、迷わずに曲を作ることができたんです。ただエミリのシーンに関しては、思っていたテンポ感と自分の中で整合性がつきにくかったんですよね。あの平和なリラックマと仲間たちの中で、エミリとご両親が一番生々しい感じというか。スズネちゃんが中心の話でもあると思うんだけど、スズネちゃんはわりとカオルさんとかリラックマ側に近い感じがして、エミリちゃんと、あと永治さんがこの話の中ではリアルというか、生々しい感覚があって。なので、そこはデコレーションの音楽というよりも、エモーショナルな部分を出そうと思って、あそこだけ実写映画のような音楽をつけた感じですね。
ーーたしかに登場するキャラクターの中で人物像の背景まで描かれている数少ないキャラクターの一人がエミリだと思うから、今の話はすごく納得がいくなと。
岸田:音楽を発注していただいてる立場なので、僕にできる範囲で、極力イメージ通り+αくらいのものをお返ししたいと思って取り組むんですけど、ちょっと遊んでるところもあるというか。明らかにイメージと違ったり、明らかにお芝居の邪魔になってたら作り直しますけど、「これぶっこんだらどうなるかな?」っていうのも何曲かあって。
小林:それが毎回楽しみなんです。それでいうと、リコーダーもそうですよね?
岸田:あれね(笑)。今回もリラックマはファゴット、コリラックマはクラリネット、キイロイトリはオーボエとかフルートでキャラクタライズしてるんですけど、今回音楽が複雑になった分、木管のアンサンブルがちょっときれいに馴染み過ぎてるかなと思って。それで他に何かないかスタッフと話をしてる中で、「リコーダーちゃうか?」って。学校の笛のテストのときのリコーダーの音ってヤバいでしょ? たまたま自分があんまり使わないシンセのプリセットでリコーダーがあって、それが本物のリコーダーよりもひどくて。こういう室内楽的な音楽にリコーダーが入るのって聴いたことなかったから、自分の音楽的な欲としてやりたくなっちゃったんです。あれ、大丈夫でした?
小林:あの音に合わせて、絵の方もちょっと外したりしました(笑)。
岸田:主題歌以外はあえてそういう外しの音が、サブリミナル的なギャグの要素としてほとんどの曲に入ってるんです。