くるり×田中宗一郎が語り合う『感覚は道標』が2023年に生まれた意味 オリジナル編成で見出した“原点回帰ではない新しさ”

くるり×田中宗一郎『感覚は道標』対談

「最近のリリックとは全然違う書き方をしてました」

――歌詞の面でも、今回のアルバムはこれまでのくるりとはちょっと違うものになっている気がします。

佐藤:ネガティブな歌詞でも、ある程度達観したところがあって、なんか「無敵な感じ」がありますよね。どれだけネガティブなことを言っていても、それを言ってる人が、そこから一歩離れてるっていうか。

岸田:実際、最近のリリックとは全然違う書き方をしてましたね。今回はセッションで曲を作っているので、そこで適当に歌ったメロディに歌詞を当て込んでいくと、やっぱりハマる言葉も変わってくるんですよ。

森:全然わからへんけど、ストレートというか、そんな感じがした。

佐藤:全部ではないけど、昔は曲が出てきた時の“嘘英語”みたいな音をそのまま歌詞にする感じがあったけど、今回は音の響きから言葉を選んでる感じが多いと思いますね。それが音も含めてオッサン度を下げている気がする。

――岸田さんって歌詞を悩んで書いているイメージがあったんですけど、今回はノって書いている感じがしました。

岸田:2曲ぐらい悩んだ曲もあるんですけど、普段ほどは悩んでないし、早かったですね。歌詞で悩むとろくなことにならないので、思いついたら「これでいいや」くらいのスピード感で最初から最後までバーっと書くやり方でやってました。

森:映画の中で「東京」の歌詞について失敗作って言ってたけど、スピード感という視点で考えると、なるほどなと。今回のアルバムは、そういう整合性があるものになる前に完成させた歌詞が多い気がしました。

岸田:うん。「ばらの花」は成功してるけど、「窓」は失敗してる。

佐藤:「窓」ね、そんなに歌詞の分量ないですけどね(笑)。

田中:今回、桑田佳祐さんの歌詞に一番近いと思った。桑田さんの世代って、日本語をいかに8ビート以降のビートに乗せるかに腐心せざるを得なかったんだけど、そうなるとデタラメ英語の響きをどれだけ大事にするかってことになるんだよね。今もサザン(オールスターズ)はそれをベースにしていて、バンドのシグネチャーにもなってるけど、そういう英語的なニュアンスで日本語を載せようと歌詞を書く人って、今はほぼいないと思うんです。

岸田:まさにそれって、最近「どうしようかな」と思っているところなんですよ。宇多田ヒカル以降の譜割というか、最近だと中村佳穂の譜割には、もう自分はおじさんすぎてついていけない。で、K-POPも桑田さんのそれとは違う英語っぽい譜割じゃないですか。他には、K-POPとアメリカのラップなんかの影響を受けた、ボカロ系が混じった最近のJ-POP。あの辺の感覚を僕が取り入れようと思ったら、訓練が必要なんですよ。でも、ああいう今の10代とか20代の子が聴いてるポップスのフロウについて「一度インストールしとかんとヤバい」って感覚があって、今作で「ちょっとやってみようかな」て思ったんですけど……それはやめました。

田中:(笑)。だからこそ今回サザンを感じたんだろうね。でも、それが新鮮に感じられたのも事実で。繁くんって、ある時期から「普段喋るような日本語のイントネーションで歌わなければならない」という感覚を自らに課していたけど、今回はそうじゃないから。

岸田:そういう作詞についてのテクニックが上がってきた実感があるから、逆に今回みたいな歌詞が書けるようになったとも言えるかもしれないですね。あとはリフに対してミック・ジャガーみたいな感じにしてみるみたいな、大文字の「洋楽」に関する小ネタが多いのも、今回の特徴だと思いますね。

――たしかに。

岸田:あと、佐藤さんも照沼さん(インタビュアー)も、今回リリックが変わったとおっしゃってましたけど、サウンドや曲構成に対して意図的に新しい書法を使った以外にも、無意識で変わった部分ももちろんあると思うんですよね。自分の中ではまだ整理も分析もできていないんですけど、佐藤さんは「くるりの歌詞の良さは断定しないところにあったけど、今回はよく断定している」と指摘していて。

佐藤:そこについては、繁くんが(運転)免許を取った影響が大きいような気がするんですよね。もともと全部の歌詞の主人公が繁くん本人ってわけじゃないと思うけど、今回はその中でもちょっと離れた感じがあるというか。

岸田:車の免許を取ったことで、自分の危機管理とか物事への注意の仕方は変わった感じがありますね。教習所で適性検査を受けたら、だいぶダメな感じだったので、生活の中でも「こういうことに気をつけないといけないな」とか、考えるようになってきたとは思います。

――免許を取ると何かが変わりますよね。庵野秀明監督も以前のインタビューで免許を取ったことから受けた影響を話していましたし、小山田圭吾さんもそんな話をしていました。

岸田:「早めに答えを出さないといけない」という感覚が出てきたのはありますね。それは、自分自身がっていうよりも「歌詞の中の主人公は何かを断定していたり、はっきり言ったりした方がいいよな」みたいな感じ。自分としては、そいつらのことが好きかどうかというとあんまり好きじゃなかったりするんですけど。

――そうなんですね(笑)。

岸田:その上で、歌詞だけじゃなくて、サウンドや曲構成を通して「ここから先はあなたが判断してください」っていう問いかけをしている感じがあります。

論理と政治の時代に“感覚”を掲げる意義

田中:これは昔から自分がよくするゲームみたいな質問なんだけど、この『感覚は道標』の両側に既存のレコードを1枚ずつ並べて挟んであげるとして、しっくりするのはどんな作品ですか?

岸田:ベタベタですけど、片側がThe Beatlesの『Rubber Soul』で、片側がはっぴいえんどの『ゆでめん(はっぴいえんど)』(1970年)。

田中:その心は?

岸田:『感覚は道標』は今までと比べてもポップなアルバムと思っているんですけど、一方で他の作品と比べて「ポップじゃない要素」もかなり生々しく入っていると思うんですよ。『ゆでめん』の鈴木茂さんのギターみたいな、触れると危険な感じがあるなと。

佐藤:自分としては、バンドサウンドの中に入ってくるピコピコした音で現実に戻される感じがありますね。映画『君たちはどう生きるか』みたいな感じで、アルバムの世界にどっぷり浸る前に元いた場所に引き戻されるというか。だから自分の中では、往年のロックともまた違う音楽になっている気がしますね。

田中:違うよね。

岸田:いつもより戯曲的というか、くるりというバンドを演じている感じはありますね。

――セルフオマージュ的な要素が結構ありますもんね。曲も歌詞も。

岸田:そうですね。リアリスティックな曲もいくつかあるけど、「happy turn」とか「I'm really sleepy」とかはThe Beatlesが「僕らは“Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band”です」と言っている感じというか、くるりがくるりのコスプレをしているような感じがありますね。

――たしかに。

岸田:あと、元々くるりには喜劇を悲劇的に描くところがあったけど、今回はその逆で、リアルにやったら悲劇になってしまうものを喜劇にしている曲が多い気がします。アルバム制作半ばでもっくんのお父さんが亡くなったり、自分の親が調子悪くなったりしたことを、もしかしたら最後の仕上げで意識したのかもしれないですね。

森:レコーディング中に父親が亡くなるまでの過程はみんなと共有していたんですけど、なんかチャンネルがパチっと合う感じがあって「aleha」を聴いたら涙が止まらなくなったんですよね。他には「俺のことを歌ってるんちゃうか」っていうチャンネルで響く曲もあるし。この3人でやったことや、父親のことも含めて、僕の中でこのアルバムはすごく大事なものになっていると思います。

田中:そんなアルバムのタイトルが『感覚は道標』ですけど。

岸田:すごい悩んだんですよ。リユニオンを象徴するようなタイトルにするか、もしくは作品性の高いタイトルにするか。あるいはそこから逃げて、意味のない造語みたいなタイトルにするかで。

――映画の中でも、造語をいくつか出していくシーンがありましたね。

岸田:そう。最初は「造語じゃね?」みたいな感じになったんですよ。そもそも僕らって、論理立てて考えて、それを構築している様をわかりやすく見せて「こういうものができました。すごいでしょ」というタイプの人たちじゃないから。

――そうですね。絶対どこかに飛躍がありますよね。

岸田:もうちょっと「好きか、嫌いか」みたいな、五感や第六感を掘るのが好きなんですよ。感覚が導き出した正解ではなくて、感覚に触発された間違っているかもしれないこととか、そういう人を動かすきっかけになるものが、このバンドには似合っている感じがして。たまにそれが勘違いを巻き起こしたりとか、気持ちが大きくなって変なことをやったりとか、そういう歴史もあったんですけど。

――(笑)。

岸田:で、『感覚は道標』って、パッと出てきた言葉ではあるんですけど、今考えると「自分の感覚を信じてください」ということかもしれないですね。あるいは、パンクバンドとして「そもそもあなたは正しくないですよ」と言っているのかもしれない。みんなが普段信じている情報とか、普段使っているデバイスとかにはいろんな人たちの意図が入っていてバイアスがかかっているわけだから、それを簡単に信じ込んではいけないっていうか。

――さっき佐藤さんが言及した『君たちはどう生きるか』じゃないですけど、今って「こうすればOK」というお手本や攻略法みたいなものがない時代じゃないですか。そこに対して『感覚は道標』というタイトルはすごく今っぽいし、一歩先、二歩先、あるいは0.5歩先を指し示すような、すごくいい言葉だと思いました。

田中:うん。そう思います。今って論理と政治が先走る時代だから、感覚というのは結構おざなりにされてるんですよね。だからこそ、時代に対するアンチテーゼではなく、ちょっとした回答やきちっとしたヒントになる、2023年にしっくりきて、ほっこりと勇気づけられるタイトルである気がします。

岸田:ありがとうございます。自分は論理と政治に対する絶望感をめちゃくちゃ持っている方だと思います。だからこそ、ミュージシャンたちがそこに抗ったりとか、それぞれ別の方を向きながらも自分なりの回答を出したりしている姿には、僕も勇気づけられるし、尻を叩かれる気持ちにもなるんですよ。それこそ『君たちはどう生きるか』もこのアルバムを作った後に観たんですけど、自分たちは間違ってないかなという気持ちになりました。

――ちなみにタナソウさんは『感覚は道標』の両側にどんなレコードを並べるんですか?

田中:『天才の愛』(2021年)と『THE PIER』(2014年)を並べるとハマりがいいと思いますね。

一同:おお。

岸田:名盤じゃないですか。

田中:そう。並べると結構いい感じがする。

岸田:やっぱタナソウさん、すごいっすね。その2枚ってテーマがどうとかじゃなくて、作っている時の精神レベルが一番高かったアルバムなんです。で、『感覚は道標』についても、そうかもなって思う部分があるんですよ。

※1、2:https://realsound.jp/2023/03/post-1269984.html

■リリース情報
くるり 14th Album『感覚は道標』
2023年10月4日(水)発売
・生産限定盤(2CD+Tシャツ):6,900円(税込)
※Tシャツ詳細 ボディカラー:黒 サイズ:Lサイズ相当(身丈 73cm / 身幅 55cm / 肩幅 50cm / 袖丈 22cm)
・通常盤(CD):3,400円(税込)

配信:https://jvcmusic.lnk.to/qrl_drivenbyimpulse

<CD収録曲(共通)>
1. happy turn
2. I'm really sleepy
3. 朝顔
4. California coconuts
5. window
6. LV69
7. doraneco
8. 馬鹿な脳
9. 世界はこのまま変わらない
10. お化けのピーナッツ
11. no cherry no deal
12. In Your Life (Izu Mix)
13. aleha

<『くるりのえいが』オリジナル・サウンドトラック収録曲(生産限定盤のみ)>
1. メインテーマ
2. いがいが根
3. 伊豆スタジオ宿泊所
4. 三村さんのおもてなし
5. 伊豆のテーマ
6. スタジオの大きな窓

『感覚は道標』特設サイト

■映画情報
『くるりのえいが』
2023年10月13日(金)より全国劇場3週間限定公開&デジタル配信開始
出演:くるり 岸田繁 佐藤征史 森信行
音楽:くるり
主題歌:くるり「In Your Life」
オリジナルスコア:岸田繁
監督:佐渡岳利
プロデューサー:飯田雅裕
配給:KADOKAWA
企画:朝日新聞社
宣伝:ミラクルヴォイス
©️2023「くるりのえいが」Film Partners

『くるりのえいが』オフィシャルサイト

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