ASIAN KUNG-FU GENERATION、15年を経て辿り着いた完全版『サーフ ブンガク カマクラ』 バンドとしての変化と手応え
2008年にリリースされたASIAN KUNG-FU GENERATIONの名作『サーフ ブンガク カマクラ』。江ノ島電鉄の駅名をモチーフに、アジカンにとっての原点であるストレートなパワーポップを全開にしたあのアルバムは、当時の彼らにとってはバンドとしての大事な部分を取り戻すために必要な作品だった。あの作品が今なおファンに愛され続けているのも、そうしたロックバンドとしての「核」の部分が、一発録りのサウンドに深々と刻み込まれているからだろう。
それから15年。メジャーデビュー20周年という節目に、その『サーフ ブンガク カマクラ』が「完全版」としてアップデートされた。既存の10曲をリレコーディングした音源に、当時は楽曲になっていなかった江ノ電の残りの駅をモチーフにした新曲5曲(「完全版」に先駆け、6月14日には新曲5曲+インスト1曲を収録した「半カートン」を配信)。単なるリメイクではなく新曲と合わさることで、アジカンの歴史も、バンドとして進化を続けてたどり着いた今の姿もとてもヴィヴィッドな形で描き出される、最高のアルバムとなった。メンバー4人はどのようにこの作品に向き合い、その中で何を感じたのか。それぞれの手応えを語ってもらった。(小川智宏)
狙って変えているというよりは「普通にやったら変わっちゃってるよね」
――ついに『サーフ ブンガク カマクラ(以下、サーフ)』の完全版が完成しました。これはそもそもはどういうきっかけで始まったものなんですか?
後藤正文(Vo / Gt)(以下、後藤):パワーポップはやっぱり楽しいなという気持ちがあって(笑)。『プラネットフォークス』(2022年3月発売)を作っている段階から「『サーフ』をやりたい」と言っていたんですよ。だから、この完全版の曲が全部できあがってから『プラネットフォークス』の作業に合流した感じだったんです。
――そうなんですか。
後藤:山ちゃん(山田)たちに「雨音」の原曲とかを作ってもらっている間に俺はまず『サーフ』の曲を作りきっちゃって。
山田貴洋(Ba / Vo)(以下、山田):『半カートン』の新曲をね。
後藤:そうそう。その後に戻って一緒に『プラネットフォークス』の曲たちを作っていったっていう流れでしたね。
――その時の「パワーポップをやりたい」という気分はどこから来たものだったんですか?
後藤:『ホームタウン』(2018年発売、9作目のフルアルバム)の流れもあって、「やっぱりパワーポップをしっかりやりたいよね」みたいな気持ちになって、それで俺の中で火がついて「今だ」と思ったんですよね。でも一方でリリースし続けていたシングルもあったので、それを次のアルバムに収録しないっていうのは考えられなかった。そのアルバムも作らなきゃいけなかったし、一方で『サーフ』もやりたいという気持ちになって。同時進行ならできるかなみたいな。(リリースは)1年違いだけど、(制作は)ほぼ同時進行でやっていたことではありますね。
――後藤さんからそのアイデアが出てきたときに、山田さんはどう感じました?
山田:残り5駅の曲を作りたいっていう話は本当に前作がリリースされた後ぐらいから聞いていたんですよ。だから結構長い間そういう話はあったし、それに対する思いがあるんだろうなって感じていたので、いつか何かしらの形で音源化される時が来るのかな、ぐらいには思ってました。あとは、コロナ禍ということもあって、『サーフ』の続編から取り掛かっていったほうがバンド的なアイドリングとしてもいいんじゃないかというか。いきなり『プラネットフォークス』みたいながっつり新作からやるとなるとハードな感じもあったので、メンバー的には『サーフ』を先にやる気持ちではいましたね。それゆえに『プラネットフォークス』の作業がめちゃくちゃタイトになったんですけど(笑)。
後藤:そうね。『サーフ』から先に出すって話もあったもんね。
喜多建介(Gt / Vo)(以下、喜多):僕も好きなアルバムだったし、ファンの方たちも大事にしているアルバムっていうのはなんとなく分かっていたので、生半可な気持ちで完全版、再録っていうのはできないなとは思っていて。でも最初に「石上ヒルズ」のデモがゴッチから送られてきた時にそれがすごく良かったんですよ。ユーモアもあるし、歌詞もいい意味でなんかよくわかんないし(笑)、曲調もパワーポップで突き抜けていて。これはいけるっていうか、やりたいなって思えたんですよね。
――潔さんはどうでした?
伊地知潔(Dr)(以下、伊地知):僕は湘南のほうに住んでいるので江ノ電にもよく乗るんですけど、地元の友達から「なんで俺の住む駅には曲がついてないの?」って前から言われていて(笑)。だから今回新しく、まだ曲になってない駅の曲を作るっていう時にはちょっと嬉しかったですね。ただ、全曲録り直すぞって言ってくるとは思わなかった。
喜多:俺も最初は「録り直すんだ」って思った(笑)。だんだん盛り上がってきたけど、最初は「これはなかなかだぞ」と思ってましたね。
後藤:録り直さないと音が違いすぎちゃうから、昔と。やるしかないでしょ。
――録り直した結果、すごくいい作品になった感じがしますよね。
喜多:うん、今は録り直してよかったなと思ってます。
後藤:前回は一発録りだったので、ディレクションが荒いとか細かいとかそういうことじゃなくて、3回ぐらいしか演奏してないからああなるよね、って。今回はポストプロダクションも含めてしっかりと組み立てていくような感じでできた。
――1曲目の「藤沢ルーザー」のイントロから、音の解像度とか手触りが全然違っていて。そこにはアジカンとして歩んできた15年という歴史も映し込まれてるような感じがしました。
後藤:でも別に、特に何かを意識的に変えたっていうよりは、普通にやっていて15年くらい経って、機材選びも全部変わってるからね。それで音が変わっちゃってるのもあるし、一発録りでは足すことを控えていた重層的なコーラスとかもできるようになったし。だから狙って変えているというよりは「普通にやったら変わっちゃってるよね」みたいな。それを受け入れていくような感じだったと思います。歌い終わってみんなに(音源を)送ったら建さん(喜多)に「歌い方が変わってるけどいいの?」って確認を何回かされて。
――ああ、オリジナルのバージョンと。
後藤:自分ではまったく気づかなかったんだけど、半音違うとかね。「え、そうなの?」って。あとは「ラララルラー」だけど「ル」が「ラ」になってるぞ、みたいな(笑)。
喜多:全部、狙ったっていうよりは天然でそうなっていたんですよね。だったらそれでいいんじゃない? って。
後藤:歌い回しを研究してやろうとかじゃなくて、自然にやって気持ちいい感じで歌ったらちょっと変わってるところがあった、みたいな感じですかね。
――「由比ヶ浜カイト」とかは、これが完成形だったんだ! っていうような感覚がありましたよ。
喜多:前のは本当に一発録りの粗さというのが、いい意味でも悪い意味でもあったから。俺も新しい方がやっぱりいい感じで録れたなって思っていますね。
後藤:コーラスワークも昔よりよくなったよね。
これで楽しくなかったら俺らに楽しい音楽は作れるわけない
――歌は今のモードで自然にっていうのはありますけど、演奏はそうもいかないじゃないですか。ある程度自分がやったことをなぞっていく作業もあったのかなと思うんですけど、その辺はどうでしたか?
山田:昔のよさを削ぎすぎちゃって違うふうに聞こえたら嫌だろうな、っていうところと「でもここはちょっと変えたいな」というところのせめぎ合いはありました。でも当時は苦労したようなフレーズもすんなり弾けるようになっていたりとか、そういうところで改めて演奏の気持ちよさを感じながらレコーディングできましたね。今言った「由比ヶ浜カイト」とか「鵠沼サーフ」とか、急な展開があって。思い出したばかりの時はそこに馴染むのがちょっと大変だったんですけど、何回かやっているうちに「そうだそうだ、こうだったな」とちょっと当時の意識に戻れたりもして。おおむね楽しく録音してました。
――ライブでやっている曲もありますけど、ほとんどやっていない曲もありますよね。
喜多:ありますね。ずっとやってない曲もあります。
山田:『サーフ』の曲ってなかなか単発でセットリストに入れづらい部分があったりするんですよね。
後藤:いきなり「長谷サンズ」やられてもね(笑)。
喜多:1回やったけどね、『NANO-MUGEN FES.』で、いきなり。大好評だった。
後藤:どこから大好評だったの(笑)?
喜多:俺から(笑)。
――(笑)。喜多さんは今回のレコーディングはどうでしたか?
喜多:新しい5曲は、コロナ禍もあったのかもしれないけど、しっかり満足のいくギターアレンジが構築できて、今聴いてもいいなって思える。再録の曲は、そんなにアレンジを変えてはいないけど、「こうしたかった」っていうところが1曲に2ポイントずつぐらいあって、そういうのを今の感じでやって。俺もかなり楽しくできたと思います。
――「稲村ヶ崎ジェーン」とか、かなり洗練度が上がっている感じがしますよね。シンプルな曲ではあるんですけど、オリジナルにはなかった叙情感みたいなものが出ているなって。
喜多:あの曲の途中で僕が歌っているところはライブで作られたんですけど、今回もそこは僕が歌うことになったりして。ライブでの形を音源化できたのは嬉しいですね。
――潔さん、ドラムはどうでした? 聴いていて、いちばん違いが出ている感じがしたんですけど。
伊地知:前作は一発録りで、アンプとかが入っている部屋の扉を全部開けて、ドラムのマイクにギターの音が思いっきり被ってるみたいな感じで録ってたんですよ。そうすると、誰かが間違えたら途中でおしまい、もう一回やり直しになるんですけど、今回は逆に、ドラムの単音がきれいに録れるようにエンジニアさんと話をして。スタジオのあちこちにドラムセットを動かして、ここが一番いい音だというポイントを見つけ出して。そのくらい単音にこだわったんですよ。めちゃくちゃ分離がいい音になって、今時っぽいし、すごく良い形にできたなって思います。
――特にドラベの音は本当に今っぽいものになってますよね。今のモードでちゃんと作れた、単なるリメイクじゃない。だからこそ、新曲5曲にもちゃんと居場所があるというか、映えるものになったんじゃないかなと思うんですけど。
後藤:この新曲たちはもう本当にすんなりできましたね。普通に楽しくゲラゲラ笑いながらとか、あるいはちょっと半泣きになりながら作っていました。これで楽しくなかったら俺らに楽しい音楽は作れるわけない、みたいな気持ちですよね。「柳小路パラレルユニバース」のときに潔が褒めてくれたのかな。「こういう曲待ってたよ」みたいなこと言ってくれて。忘れてると思うけど(笑)。
喜多:もう待ってない?
伊地知:いや、待ってる(笑)。