SHE’S『Tragicomedy』の楽曲は一人ひとりの心に根を張っていくーー地元大阪から配信で届けた万感のツアーファイナル

『SHE’S Tour 2020 ~Re:reboot~』ファイナルレポ

 大袈裟に聞こえるかもしれないが、2020年という未曾有の時期を生きたSHE’Sとオーディエンスのドキュメンタリーのようなライブだった。

 12月5日、なんばHatch。この日はSHE’Sにとって、コロナ感染対策と人数制限のもと万難を排し、続行してきたツアー『SHE’S Tour 2020 ~Re:reboot~』のファイナル公演だった。だが、直前の12月3日、大阪府が外出自粛要請を発動したことで、急遽、無観客、配信のみに変更された。地元でのファイナルである。どれだけ悔しかったかは想像にあまりあるが、「ここまで対策してやってきたのに大阪のみんなに『来てよ』とは言えなかった」とMCで井上竜馬(Vo/Pf)も言っていたように、ここで不安を抱えて観客を入れることはできないだろう。今、日々、どのアーティストもスタッフもとてつもないプレッシャーの中で有観客ライブに臨んでいることを改めて理解したい。

SHE’S(写真=ハヤシマコ)

 その上で、この日のライブはSHE’S史上最高の完成度を見せたのではないかと思う。筆者は10月のツアー序盤である東京公演にも参加したのだが、その段階で演奏の格段の進化を実感し、あくまでもアルバム『Tragicomedy』を柱に、その表現するところをじっくり聴かせ、見せる構成が組まれていた。そのため、今回、配信のみになったものの、ツアーの本質は全く変わることはなかった。今回、配信ではマルチアングルカメラが特徴的で、メインの映像以外に各メンバーに自由にフォーカスして見ることも可能だったが、リアルタイムではプロのスイッチングで楽しんでみた。と、いうのも冒頭からなんばHatchの入場を体験するような映像演出にすでに感極まってしまったせいもある。

SHE’S(写真=ハヤシマコ)

 今回のツアーはセットリストの磨き上げ方も素晴らしかった。冒頭からエレクトロニクスと生音の緩急をつけた「Unforgive」。そしてインディーズ時代からのライブ定番曲「Un-science」を序盤に配置したことで如実にわかる演奏力の向上。5年前、今、日本のシーンにこんなにOasisやColdplayのような王道ぶりを照れなくやってのけるバンドがいるんだという驚きは今はもう完全にSHE’Sのオリジナルな個性に昇華されたと感じる。冷静に書いているが、冒頭からメロディも歌詞もリフのビートも全てが心を開かせるパワーに満ちていて、この日の状況ももちろん相まって(悔しさや人目がないことも)涙が勝手に溢れてきた。

 音数が少なく、抜き差しが肝心な「Ugly」。間奏では服部栞汰(Gt)が存分にソロをエモーショナルに弾き倒すことで、モダンなアレンジとメンバーの持ち味を自然に融合させてみせる。デジタルクワイアや空間の活かし方が洗練された現ライブバージョンの「Clock」もエレクトロと生音のバランスが完璧だ。アレンジや演奏のブラッシュアップはもちろん、グッと『Tragicomedy』の核心部分に触れる「Be Here」の井上の音楽でリスナーの手を絶対離さないという思い。この曲自体は一人の対象に向けて作られたものだが、今となっては彼らの音楽を愛する誰にとっても命綱のような存在だろう。また、大きな演奏の中に静かな熱意を込めるという難しいニュアンスを実現する姿を一打に集中する木村雅人(Dr)に見た。曲が束ねるバンドの結束とも言えるし、ツアーを重ねて曲に様々な人の人生の色が差されてきた影響もあるのだろう。

SHE’S 井上竜馬(写真=ハヤシマコ)
井上竜馬

 中盤のMCで井上が冒頭の発言や、何度も音楽ファンとして通ったなんばHatchという場所への思い入れや、せめて配信でもライブが実現したことの喜びを話し、残念がっているファンにはこのライブだけでなく、思い通りに行かないことも人に助けられたり、別の夢を見たりしながら歩いて行って欲しいと言った。ああ、このツアーでこのバンドはとてつもなく強くなったんだなと感じた発言だ。そしてファンに向けて「そんなあなたへ」と演奏した「Your song」。今回ほど〈辿り着くことがことが全てか 刻んだ時間が全てか〉という問いかけの中にいると感じたことはない。今年、SHE’Sが多くの共感を得たのは井上竜馬といういう個人が今を生きて素直に出てくる感情を一切隠さなかったからだろう。同時にこのツアーファイナルを示唆しているような曲にも受け取れた。

SHE’S 広瀬臣吾(写真=ハヤシマコ)
広瀬臣吾

 緊張感のある前半を「Your Song」で解き放って、後半も熱量と確かさを両立した演奏を展開し、「Ghost」ではまるでウェンブリーアリーナに立ってるバンドか? と思わせるような大きな8ビートを作り出し、後半はポップな「Blowing in the Wind」や「Dance With Me」で同期との見事な調和を見せた。時にシンセベースも操る広瀬臣吾(Ba)は生ベースのフレージングもさらに洗練されている。目立つソロパートなどを設けないこのバンドのリズム隊だが、90’sから現行の洋楽テイストまで実現しているのは明らかに二人の力だと思う。以前より歌い出しのBPMを遅くした「The Everglow」はその分、ビートが入って加速していく体感が増したし、無観客生配信で高いテンションで挑み、後半、少し前のめり気味で歌う井上に思わず笑ってしまった。

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