ボカロ曲の流行の変遷と「ボカロっぽさ」についての考察
ボカロ曲の流行の変遷と「ボカロっぽさ」についての考察(6)syudouと煮ル果実の功績、YouTube発ヒット曲の定着
2017年以降のボカロ曲/ボカロシーンを語る上でYouTubeの存在は欠かせない。これまで、一部の特例を除いたほとんどのボカロ曲のヒットはニコニコ動画で起こっていた。ところが、2017年頃を境にYouTubeをきっかけにヒットするボカロP/ボカロ曲が急増する。先ほど紹介した煮ル果実の他、まふまふによる歌ってみたが7000万再生を超える「命に嫌われている。」(2017年)のカンザキイオリや、YOASOBIのコンポーザー・Ayaseもその内の1人だ。Ayaseは2018年12月24日投稿の「先天性アサルトガール」でボカロPとしての活動を始め、2019年4月30日投稿の「ラストリゾート」がYouTubeで大ヒットする。この楽曲はぬゆり以降のエレクトロニックミュージックに位置付けられるだろう(ちなみに、YOASOBI「夜に駆ける」の歌い出しのメロディはn-bunaの節で触れたミ→ソ→ラだ)。
また、大抵の中堅~大手ボカロPの再生数もYouTubeの方が多い状態となっており、もはやボカロ曲を聴くサイトとしてニコニコ動画以上に親しまれていると言ってもいいだろう。これに伴い、ボカロPもニコニコ動画と同等かそれ以上にYouTubeを重要視するようになり、ニコニコ動画には投稿しない人物も珍しくなくなった。YouTube台頭の理由としてよく挙げられるのは、アルゴリズムによる関連動画への表示、海外でのヒット、TikTokでのヒット、ニコニコ動画の過疎化などだが、当連載の本筋はその検証ではない。この現象は「ボカロシーン」そのものに影響を与える出来事なのだ。そもそも「ボカロシーン」なるものがVOCALOIDを用いているという一点のみで成立しているというのは、ニコニコ動画のタグ機能やランキング機能の存在、および(特にログインしなければ視聴さえできなかった2018年まで)コミュニティとして閉鎖的であるという性質によるものも大きいだろう。対してYouTubeにはタグ機能はあれど実装されたのは最近で、整備もされていなければ「VOCALOID」タグを付ける文化もない。関連動画やSNSなどによって紐付きはするが、ニコニコ動画ほどの強い繋がりではない。これによって、マイナーな楽曲は認識すらされずにヒット曲ばかりが再生され、第1回で触れた「あらゆる音楽を多くのリスナーに届け」る土壌が成立しづらくなる。また、プラットフォームとしても人間歌唱の楽曲の方が遥かに多いので、必然的にボカロ曲/非ボカロ曲のコミュニティの境界線が薄くなる。ここでさらに、こんにちは谷田さん=キタニタツヤとバルーン=須田景凪の2人を端に発する「ボカロ曲のセルフカバー版を投稿した後、シンガーソングライターデビューする」という流れが、しーくん=seeeeecun、有機酸=神山羊、春野、MI8k=YUUKI MIYAKE、mao sasagawa=笹川真生などの活動にも持ち込まれ流行する。
また、はるまきごはんはボカロ歌唱版をニコニコ動画に、本人歌唱版をYouTubeに同時投稿するという手法を取り、シンガーソングライターとしての活動を開始する。元々歌い手として活動をしていたので少し例は異なるが、Eveもこの手法を用いて一躍人気シンガーソングライターとなったのである。yamaに多くの楽曲を提供しているくじらに至っては、ボカロPとしてのヒットより先に、YouTubeに投稿したyama歌唱版の「ねむるまち」(2019年)でヒットする。Eveとくじらのそれぞれの楽曲は、バルーン以降のダンスロックと、有機酸/R Sound Design以降のR&B/シティポップに位置付けることが可能だろう。
昔から存在した「VOCALOIDと歌ってみた」というタグの付く楽曲が、みきとP、ピノキオピー、ピコンなどによってヒットチャートに目立つようになったのもこの頃である。みきとPは「ロキ」のヒットを受けて、YouTube公式のライブイベント『YouTube FanFest JAPAN 2018』に出演している。
このように、ボカロ(文脈の有名)曲がYouTubeでも広く聴かれ、非ボカロ曲との境界線が比較的薄くなった絶好のタイミングで現れたのが、ぬゆり、有機酸、春野、煮ル果実、100回嘔吐らを編曲に迎えた、ずっと真夜中でいいのに。だ。ぬゆりが編曲/共同作曲を担当した第1作目「秒針を噛む」(2018年)では、「フラジール」に見られるリリースカットピアノやJust the Two of Us進行が用いられている。ボカロシーン内で流行した音楽的な要素は確かに存在し、現在の邦楽シーンにも大きな影響を与えているのだ。その要素の中には、相対的にボカロシーンに多く見られるだけのものもあれば、VOCALOIDや動画サイトの性質も寄与しながら独自に発展したものもある。「ボカロっぽさ」というパブリックイメージを築いた後、2011年にバンド・ヒトリエを結成したwowakaは前掲インタビューにて「ボーカロイドと出会っていなければ、今の僕のメロディは絶対に生まれてこなかった。さっきも話したwowaka濃度というやつです。あの土壌で培った血は、当たり前に今も流れてるな」と語っている(参照:animate TIMES)。
と、なにやら綺麗に落ちた感じもあるが、「ボカロは邦楽シーンに吸収されました。ちゃんちゃん」とする気は毛頭ない。今この瞬間にも新たなボカロ曲は投稿され続けているし、ヒット曲も変わらず生まれ続けている(断わっておくと、筆者はタグ機能の欠如や再生数の格差に思うところはあれど、アーティストデビューや邦楽/洋楽と並べて聴かれること自体は肯定する立場だ)。最終回となる次回は、2020年の今人気/注目のボカロPを見ていこうと思う。
■Flat
2001年生まれ。音楽を聴く。たまに作る。2020年よりnoteにてボカロを中心とした記事の執筆を行う。note/Twitter
ボカロ曲の流行の変遷と「ボカロっぽさ」についての考察
・(1)初音ミク主体の黎明期からクリエイター主体のVOCAROCKへ
・(2)シーンを席巻したwowakaとハチ
・(3)kemuとトーマ、じんが後続に与えた影響
・(4)n-bunaとOrangestarの登場がもたらした新たな感覚
・(5)ナユタン星人ら新たな音楽性の台頭
・(6)YouTube発ヒット曲の定着