ボカロ曲の流行の変遷と「ボカロっぽさ」についての考察
ボカロ曲の流行の変遷と「ボカロっぽさ」についての考察(5)ナユタン星人、バルーン、ぬゆり、有機酸ら新たな音楽性の台頭
(ボカロ曲の流行の変遷と「ボカロっぽさ」についての考察(4)n-bunaとOrangestarの登場がもたらした新たな感覚 から続き)
前々回軽く触れたように、『カゲロウプロジェクト』の楽曲展開が一旦完結した後の2013年中頃~2015年末のボカロヒットチャートには、n-bunaやOrangestarらの活躍はあったものの停滞感が漂っていた。そんな「焼け野原」に2016年の年明け早々、風穴を開けたのは他でもないDECO*27「ゴーストルール」なのだが、当連載的に重要なのはそれに続けてヒットしたナユタン星人、バルーン、ぬゆり、有機酸らだろう。それぞれ順に見ていこう。
ナユタン星人は2015年7月1日投稿の「アンドロメダアンドロメダ」でボカロPとしての活動を始める。この1作目からして話題を呼びはしたが、明確なブレイクのきっかけは2016年4月5日投稿の「エイリアンエイリアン」だろう。ナユタン星人はフジファブリックの志村正彦から多大な影響を受けていることを公言しており、「アンドロメダアンドロメダ」のサビ前などは完全に「夜明けのBEAT」のオマージュだ。要所要所にこぶしを挟むボーカルスタイルも似ている。ボーカルのニュアンスまでもが作曲であることを改めて思い知らされるし、それをVOCALOIDでエミュレートするということはニュアンスを身体から引き剥がす楽譜化だという点も面白い。
大半の楽曲においてドラムは4つ打ち+裏打ちハイハットを徹底しており、ダンスロックである点ではwowakaと共通するが、ナユタン星人のBPMは比較的落ち着いている。wowakaの再生数上位5曲の平均BPMが190.4(最大値222、最小値159。ナユタン星人登場以降に投稿された復帰作「アンノウン・マザーグース」は除外)、kemuが210.4(最大値284、最小値186。wowakaと同様の理由で「拝啓ドッペルゲンガー」は除外)であるのに対し、ナユタン星人は161.4(最大値190、最小値145)だ。3rdアルバム『ナユタン星からの物体Z』(2018年)では歌謡曲にも接近しており、その意味でもSPARTA LOCALS~wowaka的なものよりはフジファブリック~フレデリック(や、KANA-BOON)的な系譜にあると言えそうだ。ただし、Aメロでギターが抜けたりサビ後半でハイハットがライドシンバルに変わる展開はwowakaフォロワー的でもある。wowakaの提示したフォーマットに乗っ取りつつ同時代や直近の邦ロックへの接近を図ったのがナユタン星人なのではないだろうか。
バルーン(須田景凪)は2013年4月30日投稿の「造形街」でボカロPとしての活動を始め、2016年10月12日投稿の「シャルル」で本格的にブレイクする。世間的にはカラオケの定番曲として有名だろう。JOYSOUNDの年代別年間ランキングでは、2017~2019年の3年間にかけて10代に一番歌われている楽曲となっている(参照:JOYSOUND 2017、2018、2019)。
ダンスロックという意味ではナユタン星人と同じ分類ができるが、ビートに着目してみると「シャルル」はソカ的だし、「花瓶に触れた」では全体を通して2-3ソン・クラーべが鳴っている。ナユタン星人が(隔世遺伝的な)ディスコ由来のダンスロックであるのに対して、バルーンはさらにラテンミュージックの要素を加えたダンスロックであると言える。これはバルーン本人も示している通り、ルーツだというポルノグラフィティの影響もあるだろう(ちなみに、同時代のソカ的なビートを用いたヒット曲としてはLuis Fonsi「Despacito ft. Daddy Yankee」(2017年)や、[Alexandros]「ワタリドリ」(2015年)などが挙げられる)(参照:音楽ナタリー)。また、バルーンの平均BPMも155.6(最大値195、最小値120)とやはり一時期と比べかなり遅い。これらの比較的低BPMのVOCAROCKのヒットはn-bunaがもたらした感覚の延長にあると言えるだろう。その一方で、「メーベル」や「嘯く終日」などに顕著なスケール外の音を用いたり、コーラスなどのモジュレーション系のエフェクトをかけたリードギター/シンセはハチ~初期米津玄師を思わせもする。
この時期のダンスロックの流行は『ドンツーミュージック』というコンピレーションアルバムシリーズのリリースが象徴している。また、このアルバムに参加しているナユタン星人、はるふり、和田たけあき(くらげP)は、「単色背景+少女」のイラストという動画スタイルも共通しており、このスタイルのヒット曲を持つボカロPが集まった『モノカラーガールスーパーノヴァ』というコンピレーションアルバムもリリースされている(先の3人も参加)。音楽と直接的には関係ないが、これもこの時期の流行の1つと言えるだろう。『モノカラーガールスーパーノヴァ』に参加しているボカロPの中では石風呂が一番古くからこのスタイルを採用しているし、参加していない著名ボカロPでも、ただのCoやshrや椎名もたなどが用いているが、この時期の流行の発端となったのは、ダンスロックであり、後述する「Just the Two of Us進行」でもある2015年1月4日投稿のはるふり「右に曲ガール」なのではないだろうか。
ぬゆりの現存する最古のボカロ曲は2012年5月19日投稿の「いたましくてたくましくて」だ。2014年投稿の「DE-Pression」、2015年投稿の「錯蒼」などもヒットしたが、本格的なブレイクのきっかけは2016年9月10日投稿の「フラジール」だろう。
ハヌマーンや東京事変などに影響を受け、主にロックを手掛けてきたぬゆりだが、この楽曲はハウスなどのクラブミュージックとスウィングジャズを融合させた「エレクトロスウィング」というジャンルに分類されるという見方が一般的だ。「フラジール」以前にもbaker「夏に去りし君を想フ」(2011年)、蜂屋ななし「ONE OFF MIND」(2016年2月)といったエレクトロスウィングのヒット曲は存在したが、2016年以降のボカロシーンにおける「流行」はこの楽曲によるものが大きいだろう。元来のエレクトロスウィングはブラスが用いられる点も特徴なジャンルであるが、ぬゆりの楽曲には主役級と言えるほど目立ったブラスは見られない。これはこの後のボカロシーンにおけるエレクトロスウィング楽曲の多くにも共通する点だ。「フラジール」が与えた影響はこれだけに留まらない。残響音の無い(あるいは少ない)スパッと切れる音が特徴の「リリースカットピアノ」の流行にも寄与したことは間違いないだろう。また、「ロンリーダンス」ではUKガラージ/2ステップ的なビートも取り入れている。これらのクラブミュージックへの傾倒は、音楽ゲームのコンポーザーとしても活動していることと無関係ではないだろう。
有機酸(神山羊)は2014年11月12日投稿の「退紅トレイン」でボカロPとしての活動を始め、2016年10月20日投稿の「lili.」でブレイクする。
有機酸とバルーンは親交が深く、共同でスプリットアルバムもリリースしていることから共に語られることも多いが、ここではバルーンではなく「エレクトロニックミュージック」という枠でぬゆりと一緒に括りたい。とは言えこれはざっくりとした分類で、両者の音楽性は異なる部分も大いにある。ぬゆり(のエレクトロスウィング曲)は4つ打ちのキックとサイドチェイン(これ以外の用法もあるが、簡単に言えばキックに合わせてシンセやベースの音量を変化させる手法)のかかったシンセなどによって裏拍が強調されたアッパーなクラブミュージックという趣きだが、有機酸の代表曲は4つ打ちではない/キックが強調されていない場合も多く、裏拍のアクセントもそこまで強くない。もちろんここまで単純に分類できるものではないが、ここから両者の志向の違いを読み取ることは可能だろう(ちなみに、ぬゆりの上位5曲の平均BPMが130.8、有機酸が110.8だ)。エレクトロニックピアノがよく用いられる点などからも、エレクトロニカやR&Bに近い印象を受ける。ただし、シンガーソングライター名義である神山羊の楽曲「Child Beat」ではJuke/footworkを取り入れたり、「YELLOW」では4つ打ちのキックが強調されているなど、クラブミュージック的なアプローチの楽曲も存在する。