米津玄師『STRAY SHEEP』レビュー:裸眼で直視した世界に向けた、表現者としての誠意

 一転、「ひまわり」はストレートなギターロックで、常に刻まれている16分のリズムや、トリルのような動きを多用したリフ・裏メロによって、曲自体が“速く”聴こえる。「TEENAGE RIOT」が米津にとって原風景的な位置付けであるように、ギターロック系の曲は、ある人がある人に憧れ、時を経て鳴らし継がれる、というロックの“継承”的な側面を担っているものが多い。そういう意味で、「ひまわり」の歌詞において、〈散弾銃〉や〈北極星〉というワードが登場すること、そしてサビで〈その姿をいつだって/僕は追いかけていたんだ〉と歌っていることは無視できないポイントであるように思う。

「ひまわり」

 人生という演劇をテーマにした「迷える羊」はインダストリアルミュージック。鍵括弧で括られた神のお告げ的なフレーズが登場するサビはCメジャーで、サビに辿り着くまではCマイナーだが、ところどころEから♭が外れていたりするため、メロディは無軌道で不穏だ。アコーディオンが歌い、渋いチェロソロもあるタンゴ「Décolleté」は、ダークながらも遊び心のある曲。〈ダーリン〉というワードのみで展開される2番Bメロ、〈噛む裸のトルソー〉の箇所で見られる母音を伸ばしながら音程を上下させる歌唱法など、ボーカルも新鮮な要素満載だ。

「迷える羊」
「Décolleté」
「TEENAGE RIOT」

 オーケストラとデジタルクワイアを掛け合わせた「海の幽霊」は何度聴いても圧倒的。このアルバムのキーパーソン・坂東と初めてタッグを組んだのがこの曲であり、「海の幽霊」は、米津の音楽人生におけるターニングポイントともいえるような、非常に重要な曲になった。そんな「海の幽霊」もろとも包み込んでみせるのがラストの「カナリヤ」だ。「私はあなたのことが好きだけれど、それは別にあなたじゃなくても構わない。けれど、だからこそ少なくとも今はあなたのことを愛していたい」(参照:音楽ナタリー)。意思で以って相手と結びつく関係性の強さと尊さを歌った曲だ。〈あなたも わたしも 変わってしまうでしょう/時には諍い 傷つけ合うでしょう/見失うそのたびに恋をして/確かめ合いたい〉というフレーズは、〈光を受け止めて 跳ね返り輝くクリスタル/君がつけた傷も 輝きのその一つ〉と歌う「カムパネルラ」に対する答えであると同時に、変わり続けることを志向するアーティスト・米津玄師の信じるものを言葉にしたフレーズでもある。

「海の幽霊」
「カナリヤ」

 今回のアルバムに収録されている新曲群はほとんどがコロナ禍で制作され、期間中米津は、仕事以外の連絡をシャットダウンし、酒を飲まない生活をしていたとのこと(参照:音楽ナタリー)。ここ数年の米津の曲には、飲酒行為がインスピレーション源になっている曲も多く(「Flamingo」もその一つ)、かつて彼は、飲酒行為を“逆眼鏡”(過敏になりすぎた神経を取っ払ってくれるもの)と表現していた(参照:ネットラジオ『米津玄師 ████████と、Lemon。』)。そこから考えると、つまり『STRAY SHEEP』とは、何のフィルターもなしに、裸眼で世界を直視したうえで作り上げたアルバムだということ。聴く人によっては心がさらに苦しくなる曲も収録されているのは、それも承知の上で今回収録しようと決断したのは、ここで目をつぶらないことが作り手としての誠意だと判断したからであろう。

 ポップソングを作るということは、広く聴かれる曲を作るということ。広く聴かれるということは、拡大解釈されたり、誤解されたり、逆に、行間に込めたものを受け取ってもらえず悲しい思いをしたりする可能性が高まるということ。そんななかで米津玄師は、何を引き受け、どう生きていくのか。『STRAY SHEEP』は、痛ましくも美しいその姿をありありと伝える作品だ。

■蜂須賀ちなみ
1992年生まれ。横浜市出身。学生時代に「音楽と人」へ寄稿したことをきっかけに、フリーランスのライターとして活動を開始。「リアルサウンド」「ROCKIN’ON JAPAN」「Skream!」「SPICE」などで執筆中。

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