米津玄師『STRAY SHEEP』レビュー:裸眼で直視した世界に向けた、表現者としての誠意

 米津玄師の5thアルバム『STRAY SHEEP』。このアルバムのことを“今、日本で最もリリースが待たれていたアルバム”と呼んでも、決して誇張表現にはならないだろう。

STRAY SHEEP
米津玄師『STRAY SHEEP』

 2018年にリリースされ、大ヒットとした「Lemon」以降のシングル曲や、Foorin「パプリカ」や菅田将暉「まちがいさがし」のセルフカバー、RADWIMPS・野田洋次郎とのコラボ曲などを収録した話題作だ。15曲中8曲は新曲であるものの、残り7曲はすでに多くの人が知っている。タイアップ曲も半数近くあり、曲の色を覆すのが難しい状況ゆえ、ある種ベスト盤のような作品になると思っていたが、新たなアルバムとして組み立て直すその手腕に唸らせられた。ほとんどの曲に共同編曲者・弦楽アレンジとしてクレジットされている坂東祐大の存在も鍵になっている。

 米津玄師のアルバム(ここではハチ名義を除く)は、タイトルがその時々の彼を形容している。一人宅録で制作した、箱庭的な1stアルバム『diorama』。自身をネットカルチャーからの移民と比喩した2ndアルバム『YANKEE』。ブレーメンの音楽隊のように、社会の受け皿からこぼれてしまった人の逃げ場としての音楽を鳴らした3rdアルバム『Bremen』。これまで出会った人々の影響を受けながら形作られてきた自分自身や、そんな自分から出てくる表現のことを海賊版と言い表した4thアルバム『BOOTLEG』。

 『STRAY SHEEP』(=迷える羊)と名付けられた今回のアルバムには、ポップソングを作る者としての覚悟が映されていた。民衆を導く神のような存在ではなく、混沌とした、正解なんて誰も知らない世界で悩みながら生きるいち表現者として、真ん中に立つということ。ゆえに、本作を象徴する1曲目「カムパネルラ」の一人称が、自らの過ちを認識しながらも〈わたしはまだ生きていける〉としているように、このアルバムには“正しく生きられないこと”を描いた曲も多い。

「カムパネルラ」

 2、3曲目には、見目麗しい人に翻弄される人の情けなさを古風に歌った「Flamingo」、同じくホーンの入った曲で先行配信でも話題になった「感電」と、肩肘張り過ぎない曲が続く。そして「PLACEBO + 野田洋次郎」は陽気なエレポップ。米津はRADWIMPSから影響を受けていることを公言しているため、RADに寄せた曲、もしくは米津とRADの中間地点的にあたる曲が来ると踏んでいたが、どちらでもない曲調が来るのは予想外だった。2人のデュエットにバイオリンが絡んでくる様子が楽しく、米津とともに歌うことにより、野田の歌声の透明度の高さに改めて気づかせられる感じも面白い。

「Flamingo」
「感電」
「PLACEBO + 野田洋次郎」

 「パプリカ」はベースミュージック的なトラックで入りはダウナーだが、そこに笛や三味線、人のざわめきなどが加わることによって、温かみのある賑わいが生まれている。アルバムを前後半で分けるとすれば、6曲目「馬と鹿」の壮大な音像が前半のフィナーレといったところか。以前、「感電」についての記事で「隙の無い洗練から、小粋な遊び心へ。(中略)5thアルバム『STRAY SHEEP』もそういうモードなのだろうか」と書いたが、ここまでの6曲はそのイメージに近い。(「Lemon」に象徴される)神秘的なイメージからの脱却という意識もあったのかもしれない。

「パプリカ」
「馬と鹿」

 7曲目「優しい人」はとにかく歌詞が凄まじく、これを世に出すのには相当勇気が要ったのではないだろうか。デリケートなテーマだけに抽象的な表現に逃げる方法もあったと思うが、このアルバムの内容を鑑みれば確かに、直接的に書く必要があったのかもしれない。そしてここで「Lemon」が登場。「優しい人」のあとに聴くことによって曲の重みがまた増しているし、さらにそのあとに続く「まちがいさがし」が、救いの曲になっている。紙を押さえる文鎮のように、この3曲を中盤に配置することによって、アルバムの重心が定まった。「Lemon」ほどの曲があれば、序盤に配置して聴き手の注意を惹くか、終盤に配置してクライマックスを担わせるかのどちらかだろう――と、軽率に推測していた自分が恥ずかしい。

「優しい人」
「Lemon」
「まちがいさがし」

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