マーヴィン・ゲイが歴史的名盤の後に目指したサウンドとは? 柳樂光隆の『You’re The Man』分析

マーヴィン・ゲイ『You're The Man』を分析

 1972年にマーヴィン・ゲイがリリースする予定だった音源が『You’re The Man』という名前で陽の目を見ると言われて、気にならないリスナーはいないだろう。

 マーヴィン・ゲイのディスコグラフィーで言うと、1971年に『What's Going On』、1973年に『Let's Get It On』をリリースしているので、音楽史に残る名盤2枚の間に発表されるはずだったもの、ということになるか。

 そして、その内容があまりに素晴らしく、アルバムとして発表され広く届いていたら間違いなく人気曲になっていたであろう曲がいくつもあり、曲単位で言えばどれもこれもリリースされていてもおかしくないクオリティーだ。例えば、冒頭の2曲「You’re The Man」「The World is Rated X」だけでもかっこよすぎてびっくりしてしまったし、個人的にはこれだけのために買おうと思ったくらいだ。その後もバラエティに富んだアレンジの曲が続き、どれも凄まじいクオリティーばかり。とはいえ、そこでリリースされなかった理由がわかってくる。

 曲は粒ぞろいなのだが、『What's Going On』や『Let's Get It On』で聴かれたようなアルバム一枚を通した世界観が見えてこない。冒頭のファンキーだったり、エッジーだったりする2曲があったと思ったら、ウィリー・ハッチが手掛けた楽曲群は『What's Going On』以前=ニューソウル以前のモータウンのサウンドを思わせるポップなサウンドだったり、かと思えば、美しいバラードがあったりと、悪く言えばバラバラなのだ。繰り返すが、曲ごとのクオリティは申し分ない。「I’m Gonna Give You Respect」や「You’re That Special One」あたりと通じそうな、ジャクソン5『Third Album』やハニー・コーンの『Soulful Tapestry』などの作品が1970~71年なので時代と合わないわけでもない。ただ、マーヴィン・ゲイが当時やろうとしていた作品はもはやその手のポップソングではなくなっていて、『What's Going On』以降の内省的でセクシーなサウンドとメッセージ性のあるサウンドを志向していたこともこのアルバムがお蔵入りになった原因としてあるだろう。『What's Going On』と『Let's Get It On』が地続きであることから逆算すると本作は「無し」だったのだろう。

 ただ、マーヴィン・ゲイはその2作の間で1972年に映画のサウンドトラックとして『Trouble Man』をリリースしていて、これだけは同時期の作品と少し雰囲気が違う。彼らしい内省的な雰囲気があるものの、ブラックムービーのサントラであることも影響したのか、ギターのカッティングなどファンクの要素も多めでビートも重い。カーティス・メイフィールド『Super Fly』やロイ・エアーズ『Coffy』といったブラックムービーのサントラがそうであるように、インストゥルメンタルのジャズファンクで、この音楽性に関しては映画との兼ね合いもあるので必ずしもマーヴィン・ゲイだけで考えたわけではないと思うが、そんなサウンドもやっていたのは事実だ。前置きは長くなったが、冒頭の「You’re The Man」を聴くと、『Trouble Man』の時期で、そこに近いサウンドともいえるので、矛盾があるわけではない。ただ、そのファンクモードで作れる曲がこれだけだったのかもしれない。

 とはいえ、ここに収められた「You’re The Man」の「Original Mono Single Version」「Alternate Version 2」、そして、2001年にリリースされた『Let Get it On』のデラックスエディションに収められた「Alternate Version 1」(※AppleMusicやSpotifyで聴けます)を聴き比べるととても面白い。「Original Mono Single Version」はファンキーなギターのカッティングとパーカッションが印象的なファンクだが、「Alternate Version 2」ではもっとギターもベースも自由に動き、空間も多めでジャズ的な即興の要素が聴こえてくる。例えば、1970年のダニー・ハサウェイ『Everything is Everything』収録の「The Ghetto」あたりを思わせるような自由さとスペースがあり、ニューソウルの中でもマーヴィン・ゲイが実践してきたこととは違う路線も試してはいたことがわかる。試行錯誤の末、最後にファンクにしてからシングルとしてリリースしてアルバムには未収録になったわけだが、この経緯はなかなか面白い。ちなみに最終バージョンがダントツでかっこいい。

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