宇多田ヒカル楽曲の変遷 3つの音楽的ポイントから探る

中期…『DEEP RIVER』『ULTRA BLUE』『HEART STATION』

 初期に比べ、マイナー調でしっとりした曲が増える。ベースの音が強く感じられる曲が増える。詞も「恋愛」というよりは「愛」にシフトしていった感じがある。

リズム、速さ

 3作全体を通し、裏の16ビートがきちんと聞こえるように鳴っているが、全作に続きしっかりしたメロディがあるのでそちらに意識が向き、あまり強く感じさせない曲の方向性に。初期はハネたグルーヴを出す曲が多かったが、中期は、ハネたリズムというよりは、四分音符を意識して2拍目と4拍目だけ強めにし、「タテ」を強調している曲が多くなった。「プレイ・ボール」のように3拍目や4拍目に意識がいく、少し後ろ倒しのリズムも出てきているが、これは歌詞とリンクしたリズムになっているので、歌の肉付けとして役立っている。また、「静と動」をうまく使い分けており、メロディの節目で止めて空白を作ることでリズムを切り替え、推進力を生んでいる。

 『DEEP RIVER』と『HEART STATION』のBPMは平均100くらい。ほぼ同じなのに、『DEEP RIVER』の方が重く聞こえるのは、ベース音を前に出しているからであろう。『ULTRA BLUE』は120くらいの曲もあれば80くらいの曲もあり、振り幅が大きい。曲のテイストを変えるためにテンポをバラバラにさせたのだろうか。

音色

 『DEEP RIVER』は、ストリングスを入れて壮大に。裏で細かく動くシンセがアクセント程度にちょこちょこ入り、これが支えとして機能している。歌はハモったりせず、主旋律一本で勝負している部分が大きい。

 『ULTRA BLUE』は強い主旋律のモードへ回帰。高音を用いる歌が増える。

 「This Is Love」や「BLUE」はサビでガツンと頭に響くメロディを歌うことで、切迫感が出る。この2曲はどちらも基調がAmだが、サビで一気にほぼオクターブくらいのキーに上げる。シンセの音色がさらに増え、バックで長く伸ばすものと、裏でうごめくものの2パターンを使い分け、曲のテイストを変えている。

 全米デビューを果たしたのもこの頃だったので、J-POPにはない要素が顕著に出て当然といえる。

 ただし、「誰かの願いが叶うころ」は、ピアノをメインに、ごくわずかなストリングスを盛り込む静かな構成で、歌詞がより一層際立つようになっている。全体の流れからすると少々異色だ。のちにリリースされる『Fantôme』を思うと、この頃から徐々に、より歌詞を最大限に生かす楽曲のつくり方を、模索し始めていたのかもしれない。

宇多田ヒカル - 誰かの願いが叶うころ

 副旋律は楽器ではなく歌で取り、バックで鳴らすのではなく、主旋律を強固なものにするために同じメロディを1オクターブ下でとったり、掛け合いのような形で展開。『HEART STATION』になると、ハープやピアノのような優しい音を基調とした曲が増える。サビに向かってガツンとかましてやるぜ! といった気張った感じはなく、しっとりとした洋楽ポップスのようなモードへ入る。

コード

 全体的に、マイナーコードの曲が増える。中期の3作だと『DEEP RIVER』が圧倒的に暗いが、これは遠藤周作の小説『深い河』にインスパイアされて制作したことや、宇多田ヒカル自身が卵巣腫瘍の摘出手術を受けたことも影響しているだろう。

 ちょっと暗めに鳴らす1曲目の「SAKURAドロップス」に対し、前向きに捉える「光」は、テーマが真逆のようだが、中心となっているコードがどちらも「E♭(E♭m7)」なのは偶然ではないと思う。喪失と希望は一本の道に通じていると思わされた。数あるコードの中で、当時、希望を感じたのはこのコードだったのかもしれない。

宇多田ヒカル - SAKURAドロップス
宇多田ヒカル - 光

 また、「FINAL DISTANCE」は「DISTANCE」の続編のような曲だが、主となるコードはFとC♭m。メジャーとマイナーなので陰と陽の関係といってもいい。ちなみに楽曲「DEEP RIVER」もC♭m。「生と死」を感じられるような曲について、この頃C♭mが使われている。

宇多田ヒカル - FINAL DISTANCE
宇多田ヒカル - Deep River

 『ULTRA BLUE』になると、転調を多く挟み、コードはさらに複雑化。ただ、決して突飛なコードの組み合わせではなく、同じコードを用いるが区分けはメジャーとマイナーといったような、関係性のあるコードである。最後の曲「Passion」ではもう次のモードを見据え、C#mとC#m/Aを基調とし、これを繰り返して曲が展開していくという洋楽のようなモードに。コードをガラッと変えるというよりかは、歌のキーの上げ下げで曲の盛り上がりをコントロールしているのが特徴といえよう。

 『HEART STATION』は、「Prisoner Of Love」のように、主軸はFm、サビで用いているのはD♭M7と、メインで取り扱うコードを変えながら、歌詞に合わせて希望と絶望の両方の要素を表現する、より高度な楽曲も出てくる。また、前作では考えられないような子供向けの曲、「ぼくはくま」が収録されていることからもわかるように、「ポップ」に軸足を置いたまま、新たなチャレンジをしている様子が聞いて取れる。

 歌詞も、そっと背中を押すような前向きな意志を感じさせるものが多いが、音はマイナーコードを使い、ストリングスで強弱をコントロールすることによって、心の葛藤が表現されていると思われる。転調をたくさん仕込み、フックをきかせているため、暗くなりすぎないのがすごいところ。

 使用しているキーの幅を狭めたことで歌を最前に出すのではなく、伴奏と並走するつくりへとシフトしている。

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