多人種が参加するストリートダンスの祭典、『HOUSE OF EXILE』に見る真のミックス文化
文化の盗用
世界がいわゆるグローバル化し、ダンスに限らず、あらゆるカルチャーがミックス、フュージョン、マッシュアップ、ハイブリッドする時代となった。同時に人種や民族固有の文化を個々人のアイデンティティの基盤を成すものとし、他者による表層的な模倣が「文化の盗用」と批判されることも増えた。その筆頭は黒人を真似て顔を黒く塗る「黒塗り(ブラックフェイス)」だが、これは文化の盗用を超え、人種差別として激しく糾弾される。
文化の盗用の対象は黒人だけでなく、アメリカでは白人モデルが芸者ルックやネイティブ・アメリカンの羽飾りをまとって批判されたこともある。また、ごく最近ではニッキー・ミナージュの「Chun-Li」での日本と中国を混同したコスチュームも、やはり文化の盗用として批判された。
人種・民族・文化をめぐるこの複雑な時代に、ストリートダンス・シーンはどう変化していくのだろうか。
ストリートダンス(路上での舞踏)は昔から世界各地にあるとはいえ、ここでのストリートダンスとはヒップホップに由来するものを指すため、オリジンはラティーノと黒人にある。とは言え、ヒップホップは今や世界中に行き渡り、人種も年齢も問わずに愛され、踊り手にもさまざま人種が存在する。人種が違えば身体的特徴と文化も異なるため、ダンスも自ずと異なったものになる。
まず、ダンスは身体を使って表現するアートフォームであるため、身体的な特徴が大きく反映される。個人差はあるとはいえ、一般的に黒人、白人、アジア系の体型は異なる。外観だけでなく、骨格や筋肉の違いから動きが異なることもある。
トレーニングを積んでその差をなくすことは可能だ。ストリートダンスではないが、ニューヨークでは毎年ホリデーシーズンにラジオシティ・ミュージック・ホールにて『クリスマス・スペキュタクラー』というNY名物のエンターテインメント・ショーが開催される。40名近い女性ダンサーが一斉に長い脚を振り上げるラインダンスで知られるショーだ。
息を呑む素晴らしいダンスではあるが、ダンサーの「外観を揃える」ために、なんと1988年まで黒人ダンサーの雇用が為されなかった。さすがに今では黒人だけでなくアジア系も少数ながら参加しているが、ラインダンスは一糸乱れないことが身上。ダンサーの身長は168~178cmに限定され、全員が完全に同じダンスを踊り、肌の色以外の違いはまったく見られない。
しかし、ストリートダンスは個々のダンサーの個性こそが勝負。そこには持って生まれた人種的な身体特徴も含まれ、それをいかに活かすかを考える必要が出てくる。
人種・民族による「文化」の違い
文化的背景も個々人が内面に抱え、かつ自然とダンスにじみ出るものだ。ストリートダンスはラティーノと黒人が生み出したと書いたが、二者は異なるダンスの系譜を持つ。アメリカ黒人にはヒップホップ以前にR&Bがあり、それ以前にはジャズがある。実際はそうした大きなカテゴリーの中に枝分かれした無数の異なるスタイルがある。いずれにせよ、そもそもはアフリカから奴隷として強制連行された黒人たちがアフリカ由来のリズムを保ち、そこに白人の音楽も取り入れ、つまりマッシュアップをおこない、かつ時代と共に変化、進化させてきた踊りだ。
対してラティーノは、プエルトリコ系ならサルサの伝統を持つ。ニューヨーク生まれのプエルトリカンはヒップホップのオリジネイターだが、彼らのコミュニティであるスパニッシュハーレム、サウスブロンクス、マンハッタンのロウアーイーストサイドなどには今もサルサが息付いている。年配の人は「今どきの子はサルサも踊れない」とグチをこぼすが、それでもサルサは伝統音楽として若者にも受け継がれている。その上で、彼らはアメリカ生まれ/アメリカ育ちのアメリカ人としてブレイクダンスを作り出した。
プエルトリカンは後にサルサとヒップホップをかけ合わせてレゲトンを生み出すこともしている。逆に遡れば、サルサはニューヨークのプエルトリカンが島のラテン音楽とアメリカン・ジャズをかけ合わせたものだった。そして島の音楽は、島の先住民族、島を統治したスペイン人、アフリカから連行された黒人奴隷の音楽が渾然一体となったものだ。
つまり、アメリカ黒人とプエルトリカンにはアフリカ音楽の共通項があるわけだが、アメリカ黒人はサルサ文化の中で育ってはいないことから、サルサを自分のものとして踊ることはできない。また、ニューヨークの黒人にはジャマイカ、トリニダード・トバゴ、ハイチなどカリブ海系も多く、彼らは彼らでそれぞれの島の音楽を文化として維持している。ニューヨーク生まれのジャマイカ系二世がレゲエを選ぶか、ヒップホップを選ぶか、もしくは両方を掛け合わせるか、はたまた全く異なるジャンルに進むか、それは当人次第なのである。
今回の出演者の中にも独自のマッシュアップをおこなってきたダンサーたちがいる。ヴォーグ・レジェンドのホセ・エクストラヴァガンザはNYロウアーイーストサイド出身のラティーノだが、ヨーロッパのファッンション・モデルや女優たちにインスパイアされたヴォーグの中心人物となった。ダンスバトルで審査員を努めたキム・ホルムスはアフリカン・ダンスを取り入れている。同じく審査員のセクゥはハウスダンサーとして知られるが、カポエイラの名手でもある。カポエイラとはアフリカのダンス、音楽、格闘技がブラジルでひとつとなったマーシャルアーツだ。そのカポエイラ、ヒップホップ、ハウスが彼の中では無理なくひとつに合わさっている。つまり、長い歴史を経た先人による無数のマッシュアップの果てに完成したのが、セクゥの踊りなのである。