ケンイシイが見据える、テクノシーンでアルバムを出す意味 「DJとして売れるためには、アルバムは全然必要なくなってる」

「音楽レーベルで地味に音源を出すのは必ずしもそこにダイレクトに繋がらない」

――以前イシイさんにインタビューしたとき、聴く人のことをまったく考えないで作ったのは『Garden on the Palm』と『Jelly Tones』だけだという話があったんですよ。今お話を聞くと、今作を「聴く人のことを考えずに作った」のは、それ以来ということになるんですか。

イシイ:Flareとしての活動は96年に始まってるんですけど、確かにそれ以降のKen Ishii名義の作品は常に聴いてくれる人のことは考えてますね。

――もちろんそれは全然悪いことではないけど。

イシイ:ええ。確かにFlareに関しては前作もそうだし今作も、聴き手のことは意識してないですね。さっき言ったように新しいソフトや機材にインスパイアされた部分も大きいんです。僕が最初に音楽を作った時からそうなんですけど、ある意味では機材ありきって部分もあって。手近にある面白いもので遊んでるうちに、なんか出来ちゃったみたいな。この音が面白いと思って、いろいろパラメーターを動かしているうちにこういう変化があった、じゃあこの変化をメインに、別の要素を加えて曲を作ってみようと。音を出しながらいろいろいじって、録ったあともあれこれエディットを加えたりするのが楽しいんですね。

――ざっくりした言い方になりますが、昨今のテクノ事情というかシーンの状況や音楽的な流れみたいなものはどれぐらい影響してます?

イシイ:……ゼロです。

――ですよね(笑)、なんか世間の流れとか状況みたいものとはまったく関係ないところで作ってる印象があるんですよ。

イシイ:確かにそうですね。

――だから初期のケンイシイに近い感じもある。ほんとに自分の中からわき出てくるものだけで作った作品であるという意味で。

イシイ:うん、まったくその通りだと思います。『Dots』も好きに作ったアルバムなんですけど、サブライムというレーベルひとつ挟むと、やはりその要望は多少なりとも取り入れなきゃいけないんですよ、扱ってもらう限りは。こっちもオトナなんで(笑)。でもそういう声を一切聞かないで、レーベルも通さず、自分が全部ケツ持つからこれでいいだろ、ということで作ったのがこれなんです。

――音源の制作はもちろんジャケット周りやCDの制作、販売サイトの構築まで全部ご自分のディレクションでやられている。インディペンデントな活動をやっている音楽家なら、そういうことは不思議ではないですが、イシイさんはこれまでそういう機会がなかった。ここに来てやりたくなった理由は?

イシイ:うーん……すごく簡単な理由としては、周りで自分でやっている人が増えてきたってこと。自分が音楽業界に飛び込んだ時は、ミュージシャンは音楽を作り、レコード会社が売る、という役割分担があって、それでたまたまうまく回ってたところもあったんです。音楽だけやってればいいと。でもここ最近は自分と同様にあちこち飛び回って忙しくしてるのに、ちゃんとレーベルもやって、細かいことも自分でやってる、という人が増えてきた。個人でも結構できるし、やらなきゃいけないのかなという気持ちも芽生えてきたんですね。さっきも言ったように、人のレーベルを通すと、どうしてもそこの指向やプランをある程度は聞かなきゃいけないけど、一回自分ひとりで出すやり方を知っておけば、人のフィルターを通さないで自分の好きな時に好きなものを好きなように出すことができる。そのやり方を一回学んでおきたいなと。

――音楽不況でCDが売れない、音楽ソフトが売れないといわれて久しいですが、そういう状況も関係してますか。

イシイ:それはもう100%関係してますね。以前だったらビジネスの規模も大きくて自分でタッチできない状況があったけど、今はひとつひとつのリリースのプロジェクトが小規模になってきてるし、今回のアルバムの音楽性も大々的に「売るぞ!」ってものじゃなく、好きな人が聴いてくれればいい、というものだから。それぐらいのサイズ感に、自分の手元で全部見える範囲まで縮小してしまった。なので全部面倒見られるし。

――でもそういう風にマーケットが縮小して、アルバムという形でまとまった音源を出す意義を見いだせなくなっている人もいると思うんですよ。テクノに限らず。実際テクノのアルバムは数が減ってますからね。そんな中で自分で全部でなにもかもやって、CDまで作ってしまう。それはどういうモチベーションなんでしょうか

イシイ:あのね、なんだかんだ言って今となっては僕、オールドスクールな方なんで、テクノの中でも(笑)。アルバムとしてまとまった形で出すということがーー深く考えてのことではないんだけどーー当たり前の形だと思っているんです。自分のアーティスト性を込みで音楽を出したいのであればね。シングルはある種の機能的な道具として出している感じがあるけど、アーティスト性をきちんと打ち出すのであれば、やはりアルバムなんだろうなと。

――DJとしての自分とは別のもの?

イシイ:うーん…ですね。DJとして売れるためにはアルバムなんて全然必要なくなってるんですよ。テクノの場合、世界的にみると自分ブランドのパーティーを作ってそこにお客を入れ込んでいく…たとえばリッチーだったら[ENTER]ってパーティーをやってるし、マルコ・カローラは[MUSIC ON]っていうのをやってる。要は音楽レーベルじゃなくパーティ・ブランドみたいな。そこを大きくするのが(DJとしての)一番の成功なんで。音楽レーベルで地味に音源を出すのは必ずしもそこにダイレクトに繋がらないんですよ。ましてアルバムはなおさら必要ないんです、ビジネスとしては。アルバムを出したってお金になるわけじゃない。それよりはパーティーを大きくしたほうがよっぽど儲かる。ビジネスだけ考えてる人は全然アルバムを出さないし。パーティー・ブランドを盛り上げて、ポッドキャストで自分のラジオ番組やって…というのがだいたい今のパターンですね。

――なるほど。

イシイ:2〜3年おきにアルバムを出して…というのはテクノの世界ではスタンダードなやり方じゃない。だからトラックメイカーとしていいトラックを一杯出しても、DJの方が全然稼げる。DJとして名前が売れない限りは、どんなにBeatportのチャートに一杯入れても全然稼げないし名前も憶えてもらえない。いいトラックを作ってる人でも、ローカルのクラブで地味にやってるだけだったりする。だから今は新しく出てきた人は大変だと思います。

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