ケンイシイが見据える、テクノシーンでアルバムを出す意味 「DJとして売れるためには、アルバムは全然必要なくなってる」

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 ケンイシイがFlare名義の新作『Leaps』をリリースした。ケンイシイ自身が音源制作はもちろん、CDのプレス、グッズ制作、デザインのディレクション、公式販売サイト立ち上げまでひとりでやるという完全自主制作態勢で作られたアルバムで、公式ショップでのメールオーダーと、出演イベントでの即売のみの発売となっている。

 Flareは1996年に始まったイシイの別名義で、ダンス・ミュージックとしてのテクノにこだわらないフレシブルな形態のエレクトロニック・ミュージックをやるというコンセプトである。2013年リリースの『Dots』が17年ぶりのFlere名義の作品で、今回の『Leaps』はそれ以来のアルバムだ。イシイはBeatportなどダンス・ミュージック専門の配信サイトで、Ken Ishii名義によるダンス・トラックを曲単位、あるいはEP単位で発表しているが、『Leaps』はその流れとは異なる、いわばイシイのいびつでオルタナティヴなアーティストとしての側面を浮き彫りにした作品と言える。

 1993年にまったく無名の存在ながらいきなりベルギーの名門テクノ・レーベルR&Sから突然デビューして以来、日本に於けるテクノ音楽の第一人者としてコンスタントに作品を発表し続け、また1年の半分近い時間をヨーロッパを始めとする海外のDJツアーに費やすなど、精力的に活動を続けてきたイシイ。久々に会ったイシイは、相変わらず理知的で明晰で、かつ温厚な話しぶりが印象的だった。(小野島 大)

「ダンス・トラックを作る時は、いかに型にはめるか」

――今回のアルバムは完全にイシイさん個人の自主制作なんですね。

ケンイシイ(以下:イシイ):自分がわかるようなシステムでやりたいというのがあったんです。レコードの出し方とか今まで携わってこなかった部分なんですよ。曲を作ったり、最初のプランを決めるディスカッションなどはしても、自分の作った音楽がどう盤になるか、どうデータになって聴いてくれる人に届くのか、そういう部分はあまりタッチしてこなかった。なので一回そういうことをやってみたかったんです。

――BeatportなどDJ向けのダンス・ミュージックの配信サイトでは、Ken Ishii名義で曲単位で出してるじゃないですか。あれはどういうシステムなんですか。

イシイ:あれはほとんどレーベルとBeatportの取引で、(こちらからは)レーベルに音源を提供してる感じですね。いろんなレーベルからちょこちょこ出してるんですけど、横の繋がりでいろいろオファーが来るので。元から知ってるアーティスト仲間から来ることもあるし、全然知らないところから来ることもある。後者の場合は過去のカタログを見て判断して、選んで出すという感じです。

――今作はご自分のレーベルである70Drumsからのリリースですが、そういうダンス・トラックは70Drumsから出さないですね。

イシイ:そうですね。いわゆるDJ用の、普通のダンス・レーベルがやってるようなものは出さないで来てたんです。自分だけじゃなく周りのアーティストの音源も含めてコンスタントに出していくような、そういう活動をやっていきたい気持ちはあるんですけど、なかなかそこまでやる余裕がない。ただ「作りたいものを作って出す」という趣旨からすれば、こういう形で出すのがいいかな、と思ってます。

――あまり徒党を組む感じでもないですからね、イシイさんは。独立独歩というか。

イシイ:友達は多い方だと自分では思ってるんですけど(笑)、結果としてそうなってますね。たとえばレギュラーのパーティーをずっとやってて、そこで仲間がいて後輩がいて、その中でレーベルもやって、というDJ/アーティストとしてスタンダードなやり方は、あまりやってこなかった。ヨーロッパに行くとリッチー(・ホウティン)なんか、そういうビジネスの形をがっちり作っているけど、自分はそういうタイプじゃない。たぶん……最初に憧れた、こうなりたいというアーティスト像がデリック・メイやジェフ・ミルズみたいなやり方だったので、そこが一番大きいと思いますね。彼らは今でも現役バリバリですけど、軍団を作るというよりは、自分ひとりで鞄ひとつでやってる感じがある。

――私の先入観かもしれませんが、やはりイシイさんの出発点は『Garden on the Palm』(93年発表のファースト・アルバム)という印象もあります。もちろん今はバリバリのDJなんだけど、もともとはベッドルームでひとりでコツコツを音を作っていた人、という。そういう原点があるんじゃないか。

イシイ:そうだと思います。その結果としてレコードを出してDJもある程度できるようになり、旅もするようになったけど、そっちの方があとからくっついてきた感じなんで。DJを見て憧れてああなりたいな、というスタートとはまったく違う感じですね。最初に自分の音楽ありきで、運良くそれ以外の部分……インターナショナルなDJ活動がたまたまついてきてきれたという感じもあります。

――今回のアルバムを聴いて、そういう意味でのケンイシイの原点があると思いました。ひとりでコツコツと自分の世界を作ってきたケンイシイが、そこで鳴っている。

イシイ:ああ、なるほど。狙ったわけじゃないですけど……海外や日本を旅して回って、いざ自宅に帰ってどういうものを作るか、作りたいかというと、こういう方向になる。何も考えずいろんな新しいソフトや機材をいじってる時にどういう音楽を作りたくなるかといえば、こういう方向なんですね。DJ用のダンス・トラックを作る時は、初めから「DJトラックを作るぞ!」と思って作るんだけど、何もないところから作ると、こっちの方向に行ってしまう。

――ああ、じゃあ出発点からして違うわけですね。

イシイ:違いますね。まあDJ活動をするうえでは「現役感」を出すために、たまにそういうダンス・トラックを出しておいた方がいい。そういう意味では必要に駆られて作って出している、という感じもあります。

――自分で使うため、という目的も?

イシイ:それもあります。自分のセットの中のいいところで使いたいというのもあるし。ダンス・トラックを作る時って、いかに型にはめるか、だったりする。DJが使いやすいフォーマットにはめるのがまずひとつ。今のダンス・シーンのメインストリームがまたテック・ハウスとかテクノになってきてるんですけど、その中でスタイルがまたものすごく細かく分かれてる。そのつどのスタイルを選択してDJ用フォーマットにはめていく。そしてその細かい幅の中でいかに自分のオリジナリティを入れ込むか、みたいな作業がもうひとつ。

――ダンス・トラックを作るのはそういう、ものすごくニッチな作業でもあると。

イシイ:だと思いますね。その意味ではそういうところで成功している人は凄いと思いますけど、僕の原点はさきほど小野島さんが言われたようなところなんで、音作りぐらいは自由にやりたい、という気持ちがすごく大きい。

――確かにBeatportで売ってるトラックと、本作ではかなり違いますよね。向こうは本当に目的がはっきりしていて、その中で機能することを第一に考えている。でも本作はそういう制約がない。

イシイ:そうですね。なのでこういう自由な音作りだけでやっていけるならそれに越したことはないかもしれないけど、世の中の現状がなかなかそれを許してくれないというのもあります。

――本作の構想はどういうところから始まったんでしょうか。

イシイ:2年前に『Dots』というアルバムを作ったんですけど、作ろう作ろうと思ってたわけじゃなくて、合間合間に好きなように作っていたものがだんだん溜まってきたので、これならFlare名義で括ってもいいかなと思うものを集めて出したんです。なので正直、聴いてくれる人のことはまったく考えてないんですけど、出したら出したで結構いい反応をいただいたし、なにより作っていて自分が楽しかった。なのでその気持ちのまま作った曲がいっぱい出来てきて、今作になったという感じです。

――じゃあ今作は全部『Dots』以降の曲ということですか。

イシイ:そうですね。

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