ケンイシイが見据える、テクノシーンでアルバムを出す意味 「DJとして売れるためには、アルバムは全然必要なくなってる」

「形に残るものとして、小さい規模でもやっていきたい」

――なるほど。にも関わらずアルバムを作り、手作りでCDまで出すというのは、自分のアーティストとしてのブランドを作りあげていくという意味もある。

イシイ:特にこのアルバムに関して言えば、アーティスト性をアピールしたいというより、こういう面白い曲が出来た。それを自分のコンピューターの中に眠らせておくのはもったいない、まとめて形にして世に出しておきたいとう気持ちが強い。そうすれば自分の歴史になるじゃないですか。

――じゃあ特に出す予定がなくても、曲は常に作っているわけですか。

イシイ:あ、実はそうなんですよ。アルバムとなるただ曲を集めるだけじゃダメですけど、出すと決めたらいつでも出せるぐらいの曲はありますね。

――〆切りに追われてスケジュール通りに無理やり出すよりも、いいものができたら出す。アーティスティックな意味では理想的な態勢ですね。

イシイ:そうですね。2002年にソニーやR&Sから離れたんですけど、そこからは自分のペースで出来てますね。音楽を作るのは未だに楽しいですよ。出す出さないは関係なく。ダンス・トラックでも、いいビートが出来ただけで一日楽しいですからね。それを週末のプレイで使ったり、普通にやってるし。家で聞いているのとは鳴りが違ったりするから、また修正してみたり。そういうことは結構やってますね。

――でも今回の『Leaps』の曲はそういう用途は考えてないってことですよね。

イシイ:考えてないですね。次はもう少しDJトラック寄りで考えてますけど。

――逆にKen Ishiiの名義は、 Beatportで出すようなDJトラック中心でいくということですか。

イシイ:いや、そういうわけではなくて、アルバムとして出すなら、ただ曲をできたから集めてアルバムにするというだけではなくて、Ken Ishiiプロジェクトとしてテーマやコンセプトも考えなきゃいけない。いろいろなものを載せたいんですよ。自分にしかできないことをやりたいし、映像などヴィジュアルなども合わせて考えたい。なので自分の中でも少しハードルが高いというか。その手応えが得られるまでは(アルバムとして発表するのは)待ちたいんですよ。今の世の中、ただ漠然とアルバムだけ出しても、ただ出しただけで終わってしまう可能性もある。アルバムを出す人が減ったとは言っても、毎週毎月どれだけ一杯出てるんだって話でね。最終的に売れる数字は知れてるかもしれないけど、それならできるだけ聴く人にインパクトを残して、記憶に残るようなものにして、次に進みたいですね。

――そもそもテクノやハウスはアルバムのリリース自体が少ないですからね。でもアルバムでしか表現できないものもあると。

イシイ:うん。そう思ってやってますけど、でもそれはオールドスクールなのかもしれない。そういうやり方で回ってた時代を知ってるから。経済的に回ってたってたってだけじゃなくて、それをやることの醍醐味みたいな、楽しさというか刺激というか。そういうのを経験してるから、やるんだったらそこをもう一回やりたいという気持ちはありますね。

――結局テクノはロックみたいなアルバム・ミュージックにならなかったということでしょうか。

イシイ:そういうことでしょうね。それっぽくなった時期もあったんですけど、最終的にテクノはそういう形に落ち着いた…落ち着いちゃったんでしょうね。あと、DJ以外はなかなか買わなくなっちゃったというのもある。作ったとしても、同業者に向けて出しているというか。だからBeatportとか、普通の人はほとんど買ってないんじゃないですか。DJかDJ予備軍か。普通の音楽好きの人はそこまで買わない。そういうことになってしまった。

――うーん、なるほど。

イシイ:もちろん、その中で成功してる人もいる。でも僕はそれよりも昔ながらのやり方で、楽しさというか刺激をもう一回味わいたい。

――単体のダンストラックだとなかなか一般の音楽ファンには届かないけど、アルバムという形態なら、一般の人に届けることができるってことですよね。

イシイ:そういうことですね。アーティストとしてやってる以上は、歴史になるものというか振り返られるものは出していきたいと思いますね。CDというフォーマットがいつまで残るかわからないけど、形に残るものとして、小さい規模でもやっていきたいと思います。

――テクノでもロックでもライヴやクラブの現場が重要視されるようになる流れは当然のことだと思うんですけど、音源制作みたいなものが忘れられてしまうと、10年20年たった時にそのアーティストを評価する手立てがなくなってしまう。その時にその人が何を考えていてどういうものを作っていたか、記録という意味でも残しておくことはとても大事なことだと思います。

イシイ:ああ、うん。そう思います。なのでそういうアルバム・プロジェクトも考えてるわけです。次はそろそろken Ishii名義のアルバムを形にしようかなと思ってます。

――楽しみです。聴くのもヤボですが、最近のダンス・ミュージックの世界で一番大きな動きはEDMです。EDMに関してはどうお考えですか。

イシイ:一言で言えば「セレブ・ミュージック」だと思うんですよ。クラブ・ミュージックっていうよりは。有名人というか芸能人の音楽。クラブとは別のもの。クラブ・シーンで流れてる音楽とは別のものですよね。20年前だったらロックやR&Bしか聴いていなかった普通の若者が、流行り物として聴いてる感じというか。あのへんのトップにいる人たち(ミュージシャン)って、20年前なら違う音楽をやってた人たちだと思うんですよね。もともとダンス・ミュージックをやりたくてここにいるんじゃなくて、そのときそのときに一番お金になる、一番売れるジャンルってあるじゃないですか。その中で彼らは今のスタイルを選んだんじゃないか、という気がします。実際、ビジネスの規模はものすごく大きくなりましたね。

――カルヴィン・ハリスの去年の年収が78億円って話ですからね。

イシイ:凄いですよね(笑)。アメリカではどんな田舎に行ってもEDMって聞けるようになってるんですよね。アメリカってテクノとかハウスとかいろんなダンス・ミュージックが生まれた国ではあるんですけど、田舎の田舎までエレクトロニック・ミュージックを聴くようになったのは、EDMがきっかけですね。ほんとの田舎の果ての終着点にまで、EDMは届いた。それで田舎の少年少女が、こういう音楽もあるんだって聴き始めたから、これだけ大きな動きになっちゃった。

――ああ、なるほど。

イシイ:80年代ポップぐらいの巨大な動きになったから、海外にも波及して。それこそカルヴィン・ハリスがやってるようなラスベガスのクラブって、ほとんどが中東のお客ばっかりなんですよ。中東から来た大金持ちが豪遊するっていう。

――EDMのバブルはオイルマネーが支えてる!

イシイ:そういう大金持ちたちだけのプライベート・パーティー(でプレイする)が一番稼げるって話もあるし…

――カルヴィン・ハリスは一晩でギャラ3000万とるって噂ですけど、そういうパーティーでもないとそんな金出せないですよね。

イシイ:一個のテーブル(の客)で1000万ぐらい使うんですよ。そういうテーブルが50個あるだけでいくらになると思います?

――それに一口乗ろうとは思わないですか(笑)。

イシイ:(笑)ははははっ!入れてくれるならね(笑)。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「インタビュー」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる