高橋健太郎 × 片寄明人、“スタジオの音”を語り合う 片寄「スタジオは幻想が生まれる場所」

「ProToolsが普及して、あっという間に環境が変わった」(片寄)

――次々とスタジオが閉鎖しているということですが、具体的にはいつぐらいから減ってきたと感じましたか?

高橋:日本だと、東京の大きいスタジオにProToolsが導入され始めた2003年くらいからかな。

片寄:ProToolsがそれほど普及する前は、エンジニアが自分で現場に持ち込むケースが多かったですね。95年くらいに「Mr. Childrenはホテルで歌を録っている」って聞いて、最初はなんのことかさっぱりわからなかったんですが、彼らは多分、すごく初期の頃からProToolsで録ってたんだと思います。それから5年くらいで、あっという間に環境が変わっていきました。2001年には、ほぼProToolsが主流になっていた記憶がありますね。僕らみたいにProToolsを使いながらも、アナログ卓を通すタイプもまだいますけど、今はいっさい卓を使わないで仕上げる人のほうが多いかもしれませんね。

高橋:商業的な作品のレコーディングだと、ほぼ使わないですよね。卓だとリロードができないから、次の日に「やっぱり前の方が良かった」ってなったときに、簡単に戻せないし。片寄さんは今も卓をよくお使いになるんですか?

片寄:一緒にやってるエンジニアが、そういうのが好きなエンジニアが多いから、今も使っていますね。ジョン・マッケンタイアも新しい卓を買ったらしくて……。

高橋:たしか、エレクトロダインですよね。

片寄:ビーチ・ボーイズが70年代初期ぐらいに使ってたヤツで、トライデントよりいいぞって説明してました。彼はProToolsで作業しながらも、最終的には卓で立ち上げてMIXしたいタイプなんですよね。サカナクションなどを手掛けている浦本雅史くんという、僕もDAOKOをはじめとしたプロデュース・ワークでよく一緒に仕事をするエンジニアは、青葉台スタジオに所属していて、SSLの卓はもちろん、ProToolsとアナログテープとを自在に行き来できるシステムを構築したりしています。その一方でコンピュータの中だけでMIXしても求める音が出せるっていうタイプのエンジニアもたくさんいます。それは、どっちがいいも悪いもなくて、求める音の違い。個人的には最終的な仕上がりが良ければ、どちらでも良いと思っていますね。

高橋:過去のアルバムで、使ったスタジオの音の感じや卓の感じは、記憶にバッチリ残っていますか?

片寄:僕はシカゴに行っていろいろな知識を得るまでは、実はそこまで録音機器に興味がなかったんです。今でも覚えてるんですけど、健太郎さんに初めて会ったのが98年に『WITHOUT ONION』というアルバムをリリースした時で、最初の一言が「ずいぶんリヴァーヴ使っているね」だったんですよ(笑)。いきなりそんなこと言われて驚いたけれど、いま考えると確かに的を射てます。『WITHOUT ONION』はフリーダムスタジオでの録音で、MIXした南石聡巳さんの当時の音にはそんな傾向もあった。GREAT3はEMIから出していたので、フリーダムスタジオと共に、東芝の3スタこと第3スタジオも結構使っていましたね。いま考えると笑い話だけど、当時はEMIで契約していれば、そのスタジオを使うのもタダだと思ってて、スタジオでのんびり曲書いたりしてました。実際は1日30万円くらいかかってたって後から聞いて青ざめましたね(笑)。

高橋:3スタって、かつてローリング・ストーンズとかが使った、NEVEの卓のところですよね。あそこはめちゃくちゃ音が良かったですよね!

片寄:そうです、最高に好きな音してました。ストーンズが日本に来日した時も、あそこでスタジオライブを録ってましたね。卓の裏にはプロデュースを手がけたドン・ウォズのサインがありましたし、ストーンズのメンバーがサインを入れたテープ・リールもあったそうです。当時、ミュージシャンの間では「EMIの3スタにはマジックがある」って言われていました。時代が違うので同じスタジオではないと思うけど、東芝EMIスタジオでは、71年に来日したT-REXが「20th Century Boy」を録音しているはずです。

高橋:僕はね、久保田麻琴さんと2回、使わせてもらったことがあります。あの卓を通しただけですごく音が良くなるから、本当に驚いた。

片寄:EMIの3スタがなくなったのは、7年前だったかな。あそこにあった素晴らしい機材はどこに行くんだろうっていうのも話題になりましたね。未確認ですが、いくつかのヴィンテージ・マイクは椎名林檎さんが受け継いだなんて噂も聞きました。卓もモジュールにバラして、いろんなところに散らばっていったのかな!? 今でもあのスタジオは、もう1回使いたいなって夢にまで見ます。

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