高橋健太郎 × 片寄明人、“スタジオの音”を語り合う 片寄「スタジオは幻想が生まれる場所」

「当時のコンソールが何だったかという公式な資料なんて、どこにもない」(高橋)

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左・片寄明人、右・高橋健太郎

――本書の企画は、雑誌の連載から始まったということですが、ある程度は書籍化を目指して執筆していたのでしょうか。

高橋:企画自体は僕が考えたっていうより、ステレオサウンド社で編集をしていた渡邉淳也さんのアイデアでした。ある時、映画『キャデラック・レコード』についての座談会を、和田博巳さんや山本浩司さんらと行なって、その後にみんなで飲みに行ったんです。それで、映画に出てきたチェス・スタジオについての話になって、「あれはうまく再現しているけれど、この機材があるのは時代的に変」とか、そんなことばかり話していて。じゃあ、スタジオの話をじっくり掘り下げる連載があったら面白いんじゃないかってことになりました。飲みの席の話だから、僕もすっかり忘れていたんだけど、渡邉さんはちゃんと覚えていて、「スタジオの音が聴こえる」ってタイトルまで決めて企画を持ってきてくれたんです。それで当時、彼が編集を担当していた『ビートサウンド』で、まずは連載を始めました。

片寄:『ビートサウンド』はオーディオ誌なんだけど、クラシックとかジャズとかがメインだったりする雑誌が多い中で、ロックに特化した貴重な雑誌でしたね。しかもエンジニアやマスタリング、カッティングなどについても詳しく取り上げていた号もあって、僕は近年のオーディオ誌の中でいちばん面白く読んでいました。あの雑誌と本書はたしかに、つながっている感じがしますね。書き進めるうちに、発見することも多かったのではないですか。

高橋:それはもう! 毎回1つ1つ書くたびにいろいろ調べたのですが、わかってないことがすごく多くて。当時のコンソールが何だったかという公式な資料なんて、どこにもないんですよ。だからそれを掲示板とかで調べるんですけど、そうすると、ほかのスタジオに関するトピックも2つ3つ出てくるんですね。で、連載を続けていくうちに、スタジオを舞台にした映画の『黄金のメロディ マッスルショールズ』や、『サウンド・シティ・リアル・トゥ・リール』が公開されたり、スタジオのコンピレーションが発売されたり。

片寄:コンパス・ポイント・スタジオのコンピも出ましたよね、あれも面白かった!

高橋:フェイム・スタジオに関するコンピはすごくたくさん出ているし。アーデント・スタジオってわりとマイナーなスタジオのも出ていた。2000年代になって、むしろスタジオでまとめるのはアリなんだなぁって、時代感を感じていましたね。

片寄:ProToolsなどのデジタル録音機器が劇的に安くなり、ホーム・スタジオで満足いく音が録れるようになるにつれて、由緒あるスタジオが世界的にどんどん閉鎖されていますよね。実は今年に入って、前述のSomaスタジオも縮小しちゃったんですよ。以前の場所は売り払ってしまって、今はジョン・マッケンタイアの自宅地下に移築しています。彼も「最近はみんな宅録で、あんまりスタジオ使わないんだよ」って言ってました。日本でもどんどんスタジオが潰れていってるし、アメリカも同じような状況。そうなってくると、スタジオのマジックだったり、スタジオでしか鳴らない音っていうのが、逆にすごく価値を持ってくる。失われつつある文化っていうのかな。そういう面でも注目されているのかも。

高橋:ほんとうに、いろんなスタジオがなくなっちゃいましたからね。

片寄:東京でも、東芝EMIのTERRAとか3スタとか、GREAT3が90年代に録音していたスタジオは、半分ぐらいなくなっちゃったかもしれませんね。一般の人たちにとって、スタジオってとても謎な場所だと思うんですよ。芸能人がひっきりなしに来ているんだけど、実はあんまりみんなが考えもつかないような住宅街の片隅にあったりして。でも、ミュージシャンにとっては主戦場なわけで、いい意味での幻想が生まれるミステリアスな場所だと思う。きっと日本にも本書で紹介しているようなストーリーはたくさんあると思うので、次はぜひ日本版も健太郎さんに書いてほしいです。

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