『すずめの戸締まり』と震災ドキュメンタリーが捉える“フィクションだから描ける現実”

新海誠らが乗り越えようとした“分断”

新しい世代のための新しい風景

 新海誠監督は、『すずめの戸締まり』の製作動機について、「10代の震災体験が薄くなっていることへの危機感」があったと語っている(※25)。

 少子化が進んでいるとはいえ、新しい世代は日々生まれ育ち、震災当事者は少なくなっていく。

 それでも震災の記憶を継承するならば、当事者と非当事者を分断する意識は崩さねばならない。『二重のまち/交代地のうたを編む』は、その壁を超えるための実践だったと瀬尾氏は言う。

 幼い頃に震災の様子をメディアを通して見て「あのとき何もできなかった」と申し訳なさそうに語る若い子に出会うことがあって。こんなふうに震災の影響を受けながら育ったんだなと思いました。

 いままでは、被災の“当事者”と言われる人たちと言えば被災地で家や家族をなくしたような人たちだととらえられてきました。でも、そうでなくても、みなそれぞれに衝撃を受け、問いを積み残しながらその後の時間を暮らしてきた。いよいよ、これまで“当事者”ではないとされてきた人たちの声が置いてきぼりになっていると感じたんです。それで、当事者か非当事者かというカテゴライズ自体が分断を助長してしまっていることのほうが問題なのではないかと思うようになりました。(※26)

 『すずめの戸締まり』は快活なエンターテインメントとして作られている。震災という悲劇をエンタメにしていることに対する非難が一部である(本人はそうした批判が出ることを覚悟の上で作ったと思う)。しかし、若い人の間で震災の体験濃度は日々薄くなり、震災について語りにくい空気が増えていくなかで、エンタメとして本作を提示することには大きな意義があったと筆者は考えている。当事者と非当事者を分断する状況そのものを崩すためには、エンタメ「も」必要なのではないか。

 濱口氏と酒井氏が『うたうひと』で撮った民話は、当事者が後世の非当事者に語り継ぐためのツールだっただろう。『すずめの戸締まり』や『二重のまち』は、まさにそのように機能する「新しい民話」を目指して作られたのではないだろうか。

 最後に、『すずめの戸締まり』に描かれた新しい風景について指摘してこの論を閉じたい。

 『二重のまち』にはこんな一説がある。

まっしろい防潮堤、囲われた灰色の海、削られた山やま
奇妙に角ばった風景
これを、愛せるときがくるだろうか
夕やけのチャイムが鳴る
孫を迎えに行かなくては
彼らにとっては、この風景がかけがえのないふるさとになる(※27)

 震災によって失われた風景がある。陸前高田はかさ上げ工事も行い、古い町は地下に埋まりさえした。しかし、新しい風景も生まれ、それは次世代にとってのふるさとになる。

 『すずめの戸締まり』の終盤、新たな旅に出る草太をすずめたちが織笠駅で見送る。この駅は、かつてはJR山田線の駅だったが津波で消失。2018年に、1キロ先の三陸鉄道リアス線の駅として新設された。あの駅は、震災後に生まれた新しい風景なのだ。

 新しい風景から、次への一歩を踏み出すことで『すずめの戸締まり』は幕を閉じる。風景作家としての新海誠の矜持がここには表れている。新海誠は、アニメーションならではの方法で失われた記憶と風景を呼び戻し、なおかつ今映せる新しい風景を希望とともに記録したのだ。

引用・出典

※1:『3.11を心に刻んで』岩波書店編集部、岩波書店刊、P145
※2:紙幅の都合で、2組の作家しか紹介できていないが、『災害ドキュメンタリー映画の扉 東日本大震災の記憶と記録の共有をめぐって』(是恒さくら・高倉浩樹編、新泉社)は数多くの震災ドキュメンタリーの作り手を紹介している。ほとんどの作家はやはり死者とどう向き合うかを考え作品制作に臨んでいる。
※3:寺岡裕治編『21世紀を生きのびるためのドキュメンタリー映画カタログ』キネマ旬報社、「震災ドキュメンタリーの猥雑さについて」藤田直哉著、2016年、P87
※4:『ミルフイユ』04、せんだいメディアテーク編、「他者の声、明日の映画」濱口竜介×酒井耕対談、2013年3月31日発行、P102
※5:『21世紀を生きのびるためのドキュメンタリー映画カタログ』、「東北記録映画三部作「なみのおと」「なみのこえ」「うたうひと」いとうせいこう×酒井耕×濱口竜介」、聞き手:芹沢高志、キネマ旬報社、2016年3月25日発行、P77
※6:かたログ(13)「編集が始まり感じたこと」 - YouTube https://www.youtube.com/watch?v=3Mv7B14nI-Y
※7:『21世紀を生きのびるためのドキュメンタリー映画カタログ』、「東北記録映画三部作「なみのおと」「なみのこえ」「うたうひと」いとうせいこう×酒井耕×濱口竜介」、聞き手:芹沢高志、キネマ旬報社、2016年3月25日発行、P82
※8:『美術手帖』、「語らずにおれない体験をみんなで持ち合うために」小森はるか+瀬尾夏美、美術出版社、2021年4月、P81
※9:『ナラティブの修復』、「ナラティブの記録と飛躍 小森はるか×佐々瞬×伊達伸明」、せんだいメディアテーク、2022年3月20日発行、P47
※10:『あわいゆくこころ』、瀬尾夏美、晶文社、2019年2月5日、P342
※11:『女子美術大学研究紀要』2017年、女子美術大学、「アニメーションにおけるドキュメンテーションの可能性 アニメ―テッド・ドキュメンタリー研究史を概観して」、長尾真紀子、P30
※12:『個人的なハーモニー ノルシュテインと現代アニメーション論』土居伸彰、フィルムアート社、2016年2月25日発行、P210
※13:難民が1億人を超えた。「帰る国を失う」感情を私たちは知らないままでいいのだろうか | ハフポスト https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_629ff04de4b04a617347ae1b
※14:アニメーション・ドキュメンタリー | 現代美術用語辞典ver.2.0 https://artscape.jp/artword/index.php/%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%89%E3%82%AD%E3%83%A5%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%AA%E3%83%BC
※15:2019年はアニメーションにとってどんな年だったか?  | かみのたね http://www.kaminotane.com/2020/02/21/8426/
※16:『新映画論 ポストシネマ』渡邉大輔著、ゲンロン叢書(株式会社ゲンロン)、P83~P96
※17:『メロドラマ映画を学ぶ ジャンル・スタイル・感性』ジョン・マーサ―+マーティン・シングラー著、中村秀之+河野真理江訳、P165
※18:新海誠監督「天気の子」、新会社だからできた挑戦:日経ビジネス電子版 https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00005/080100037/?P=3
※19:『EYES CREAM 増刊 新海誠、その作品と人』2016年10月増刊号、新海誠ロングインタビュー「一度きりの、しかし今に続く」インタビュー柳憲一郎、「『言の葉の庭』マーケティングについて」、P26
※20:『全裸監督』や『新宿スワン』『TOKYO VICE』など歌舞伎町で大規模ロケを行う作品も、近年登場している。歌舞伎町商店街振興組合も撮影に協力的な姿勢になっているという証言もある。「全裸監督 シーズン2」“歌舞伎町ロケ”を実現させた、制作者と地域の信頼とは?撮影秘話を徹底鼎談!https://moviewalker.jp/news/article/1042339/p4
※21:『あわいゆくこころ』、瀬尾夏美著、晶文社、2019年2月5日発行、P279
※22:『舞台芸術』、「言葉と映像―聞くこと、話すこと、残すこと」小森はるか+瀬尾夏美、聞き手:森山直人、2022年春号、KADOKAWA
※23:『小説 すずめの戸締まり』新海誠著、角川文庫、P271
※24:『呼び覚まされる霊性の震災学 3.11生と死のはざまで』東北学院大学 震災の記録プロジェクト 金菱清(ゼミナール)編、新曜社、P11
※25:震災描いた新海誠監督アニメ「すずめの戸締まり」…モデルの三鉄・織笠駅に聖地巡礼ファン  https://www.yomiuri.co.jp/culture/cinema/20221118-OYT1T50153/
※26:「誰かが忘れずに、覚えていてくれるように。そして同時に、誰もが忘れてもいいように」。瀬尾夏美インタビュー https://www.tokyoartbeat.com/articles/-/seo_natsumi_interview
※27:『二重のまち/交代地のうた』瀬尾夏美著、書肆侃侃房、P89~90

その他参照(順不同)

・『すずめの戸締まり』公式パンフレット
・『新海誠本』&『新海誠本2』東宝株式会社・STORY inc. 発行
・映画『すずめの戸締まり』公開記念インタビュー。新海誠が「いまでなければ間に合わないと思った」、作品に込めたテーマを語る【アニメの話を聞きに行こう!】  https://www.famitsu.com/news/202211/17282112.html
・返事のない場所を想像する――『すずめの戸締まり』を読み解く https://shinsho-plus.shueisha.co.jp/news/21956
・新海誠監督、主人公・鈴芽の故郷は「岩手を想定」…現地舞台あいさつで感謝述べる  https://www.yomiuri.co.jp/culture/cinema/20221205-OYT1T50047/
・(評・映画)「すずめの戸締まり」 自分語り封じ、彼方の声きく https://www.asahi.com/articles/DA3S15471914.html
・考察/新海誠『すずめの戸締まり』が「震災文学」である本当の理由(藤津亮太) https://qjweb.jp/journal/78912/
・記録者インタビュー/濱口竜介さん 酒井耕さん 北川喜雄さん - えいぞう - 3がつ11にちをわすれないためにセンター - 東日本大震災のアーカイブ https://recorder311.smt.jp/movie/21063/
・『すばる』2014年3月号、「ひと 酒井耕 濱口竜介」聞き手・構成:編集部、集英社
・『カメラの前で演じること』濱口竜介著、左右社
・『破壊のあとの都市空間 ポストカタストロフィーの記憶』神奈川大学人文学研究所編、熊谷謙介編著、青弓社
・『佐藤真の不在との対話 (見えない世界を撮ろうとしたドキュメンタリー映画作家のこと)』、里山社編、里山社
・被災地の復興をめぐる「場所」の喪失と再構築 ――瀬尾夏美「二重のまち」を読む――中島 弘二(金沢大学)  https://www.jstage.jst.go.jp/article/hgeog/2021/0/2021_30/_pdf
・災害の記憶伝承における映像上映の創造性 ― 『波のした、土のうえ』をめぐる対話の場について ―青山太郎・
・高森順子 https://nagoya.repo.nii.ac.jp/record/23754/files/09-02.pdf
。【震災5年 3・11】未来と過去つなぐ 小森はるか+瀬尾夏美展覧会「波のした、土のうえ」  https://www.sankei.com/article/20160303-7HHYYJALERLWTJYCXAWARJNVBY/
・『震災文芸誌 ららほら』、藤田直哉編著、響文社
・『中動態の映像学』、青山太郎著、堀之内出版
・「シンポジウム報告『映画、建築、記憶』 - 東日本大震災以降の表象の可能性を考える」、情報学研究調査研究編、2013年、No29、東京大学大学院情報学環
・『遠野物語』の幽霊話から読み取る復興の理念【岩手・花巻発】 https://www.j-cast.com/2012/08/31144763.html
・書評 Animated Documentary 土居伸彰 - メディア芸術カレントコンテンツ https://mediag.bunka.go.jp/article/_animated_documentary-1206/
・第6回「現実はアニメーションであり、ヒトはアニメーションになりつつある?」 ~世界認識のモデルとなるアニメーション表現の今~ | 七里圭 Kei Shichiri http://keishichiri.com/jp/lectures/part2-6/
・【Preview】アニメーションとドキュメンタリーが交わる??――〈GEORAMA 2014〉開催!! text 岩崎孝正 - neoneo web http://webneo.org/archives/14923
・シネマヴェリテ以降の時代におけるドキュメンタリーと自己表現、マイケル・レノフ YIDFF: 刊行物: DocBox: #7 https://www.yidff.jp/docbox/7/box7-1.html
・映画のドキュメンタリー性の変遷 第4回《参照》のリアリティへ ヴァーチャル・リアリティの時代と映像、粉川哲夫 YIDFF: 刊行物: DocBox: #8 https://www.yidff.jp/docbox/8/box8-1.html
・『アニメーションの映画学』加藤幹郎編、臨川書店

■公開情報
『すずめの戸締まり』
全国公開中
原作・脚本・監督:新海誠
出演:原菜乃華、松村北斗、深津絵里、染谷将太、伊藤沙莉、花瀬琴音、花澤香菜、松本白鸚
キャラクターデザイン:田中将賀
作画監督:土屋堅一
美術監督:丹治匠
音楽:RADWIMPS、陣内一真
主題歌:「すずめ feat.十明」RADWIMPS
制作:コミックス・ウェーブ・フィルム
制作プロデュース:STORY inc.
配給:東宝
©︎2022「すずめの戸締まり」製作委員会
公式サイト:https://suzume-tojimari-movie.jp/
公式Twitter:https://twitter.com/suzume_tojimari
公式Instagram:https://www.instagram.com/suzumenotojimari_official/
公式TikTok:https://www.tiktok.com/@suzumenotojimariofficial

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